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2009.11.23 (Mon)
こびと殺人事件 (創元推理文庫)
クレイグ ライス
東京創元社
売り上げランキング: 188537

■クレイグ・ライス 翻訳;山田順子
わたしはクレイグ・ライスのファンではあるが彼女の作品をいくつか続けて再読してみてこう思わざるを得ない、それは最初に提示されるミステリー的インパクトや面白さを解決部で越えない、なんていうか残念な作品が多いなあということだ。「わあ何それ変な事件が起こったなあ!」と思ってぐるぐるあっちこっち引っ張りまわされてまあこの著者の作品はそれをこそ愉しむべきなのであるが、それはそれとして、「肝心の真相はどういうことだったんだ」とわかってそこで更に「うおお、そのトリックは凄い」と唸らされるということはあんまり無い、ようである。っていうかぶっちゃけていえば最初の「変な事件」になってしまった理由がわりとご都合主義というかいかにも後で必死になってつじつま合わせつひっつけたような顛末の結果だった、というのがわりと何回かあって、そういうのが続くとこっちもだんだん読みながら期待しなくなっちゃうのね。

マローン・ジェイク・へレンの織り成すユーモアミステリーシリーズ第6弾。
ジェイクがオーナーとなったナイトクラブ<カジノ>で看板スターのこびとが11足のストッキングで首を吊られて殺されていた。こんなことが発覚したらクラブは警察によってしばらく閉鎖されてしまうしそんなことになったら商売は滅茶苦茶だと考えた彼はその死体をコントラバスのケースに入れて運び出そうとする。だが、ちょっと目を離した隙にケースは死体ごとどこかに消えてしまい……。

いつもながら「その足で警察に届けていればそんな面倒なことには……」というパターンのドタバタが繰り返れる。いろんな男女が出てきていろいろ思惑やのっぴきならない事情を抱えていたり、天性の嘘つき女性が出てきたりして事件はどんどん複雑化していく。
主役3人組が睡眠を取れないのとかお酒ばっかりみんな飲んでるのとかマローンがなかなか依頼人からお金をもらえないのに女性にお金をつい使っちゃうのとかジェイクがヘレンに見とれるのとかフラナガン警部が刑事以外の新しい職業に憧れるのとかお約束のパターンが楽しい。でも今回は脇役がいまひとつだったかなあ。
| 翻訳ミステリー |
2009.11.22 (Sun)
第四の郵便配達夫 (創元推理文庫)
クレイグ ライス
東京創元社
売り上げランキング: 140957

■クレイグ・ライス 翻訳;田口俊樹
シリーズ第9作。どんな話かすっかり忘れていた。
これは正直マローンとジェイクとへレンが出てくる話ならなんでも読みたいというファン以外には評価されにくいレベルのミステリーかも知れない。
ある高級住宅地の路地の同じ場所で郵便配達夫が連続して3人も殺されるという事件が起きた。警察はその脇の家に住む金持ちの老人を逮捕した。彼は、タイタニックに乗って沈んでしまったはずの昔の恋人がいまも生きていると信じていて、彼女からの手紙を待ち続けているのにそれがいつまでたっても来ないから、トチ狂って郵便配達夫を殺したのだと警部は主張したが……。

フラナガン警部の主張もどうかと思ったけど真犯人の動機もかなりどうかと思う。そんな理由でひとを殺していたら町中死体だらけになってしまうよ。ほかにいくらでも方法があるだろう。しかもそのやり方だと延々殺さなければならないとかになっちゃう場合もあるじゃない。

他の枝葉の設定にも「なんで?」というのがいくつかあってどうもスッキリしない話だった。野良犬さんが出てきてずっとマローンを慕って付いてくるのが可愛らしく、そういう意味ではほっこりできたが。その代わり、今回へレンとジェイクはちょっと外野な感じだったかなあ。
| 翻訳ミステリー |
2009.11.21 (Sat)
死体は散歩する (創元推理文庫)
クレイグ ライス
東京創元社
売り上げランキング: 25236

■クレイグ・ライス 翻訳;小鷹信光
マローン・ジェイク・へレンのトリオが活躍する、というかジェイクとへレンが無茶苦茶なことをいっぱいして放っておけばそこまでこじれなかったであろう事件をめちゃくちゃに掻き回し、いやおうなく巻き込まれたマローンが大変苦労する、といういつものパターンの第2弾である。
ジェイクがヘレンに、というかヘレンがジェイクにプロポーズする話でもある。お互い乗り気なふたりだけど殺人事件が起こったりしてしっちゃかめっちゃかでなかなか結婚の手続きをしに行けない、ふたりはいつゴールインできるのか?というサスペンス(違)もあるぞ。

時代は1930年代、ラジオ全盛の時代、ジェイクはラジオのスター歌手、ネルのプレス・エージェントをしている。そのネルが脅迫されていることを打ち明けたあと本番前の空き時間どこかへ出掛けてしまい、心配したジェイクが彼女の元恋人の家に行ってみると彼はなんと射殺死体となって台所の床に転がっていた。ネルが殺してしまったのか?ああどうしよう、ラジオスターは評判が命なのにスキャンダルに巻き込まれたら全部パアだ!

ネルをなんとか守ろうとあちこち走り回り悪戦苦闘するジェイク、それなのにいつのまにか死体が行方不明になったり、またもネルが関わっている場所で殺人事件が起きたりと事態はどんどんややこしくなっていく。いったい真犯人は誰なんだ?

ネルが誰にでも愛されるようなとても良い娘さんで、彼女を大事にしたいと思っているひとがまわりに多くいて、ジェイクが最高に良いヤツなのが読んでいて小気味良い。それにしてもジェイクもたいがい無茶苦茶なことをするが、やはり一番ぶっ飛んでいてとんでもないことをしでかすのはヘレンだ。基本的に悪いこと(殺人とか)はしないんだけれど常識ある大人なら考えもしないことをやっちゃうし、それはふつうは警察でこってり絞られて罰金をごっそり取られるレベルのことなのである。

飲酒運転というのは絶対にしてはいけないことでいまは規制が厳しくなりひとびとの意識のありようもずいぶん変わっているんだけど、このシリーズでは運転中に運転手にお酒のボトルを回してぐい飲みするとかいうのがごくあたりまえに出てくる。いつの時代、どこの国においてだっていけないものはいけないでしょと云われたらそれは正論なので黙るしかないのであるが、まあこれは、1940年当時のモラル意識と、禁酒法時代の直後のシカゴが舞台であるというのと、ジャンルがはちゃめちゃドタバタミステリーであり、この三人が決して道徳的な善人善女、常識人として書かれていない、というのがあるので、現実とは違う次元のお話なのだ、ということで見逃してやってほしいのだがひょっとしたらあれかなあ、こういうのもライスがどんどん絶版になっている理由のひとつだったりするのかなあ……。
| 翻訳ミステリー |
2009.11.21 (Sat)
時計は三時に止まる (創元推理文庫)
クレイグ ライス
東京創元社
売り上げランキング: 67551

■クレイグ・ライス 翻訳;小鷹信光
娘が夢の半ばでどこか別の部屋で鳴る目覚まし時計の音に起こされ時計をみると夜中の三時だった。よく確かめるとその時計は止まっていた。いまは何時なんだろう。兄の部屋に行ってみると彼の姿はなく、ベッドを使った形跡もない。しかもその部屋の時計も三時で止まっている。廊下の古時計まで行ってみるとそれも止まっている、やはり三時を指したままで。屋敷のどこかで目覚まし時計が鳴っている。使用人の部屋に行ってみるがそこにも誰もいない。そしてそこの時計も三時。
時計の音に導かれるようにして最後に伯母の部屋にたどり着くと真冬だというのに窓が開け放たれ、そしてその前に置かれた椅子の上で彼女は死んでいた。その胸にはナイフが刺さっていた……。

という、悪夢そのままの幕開けで始まるなんともミステリアスでわくわくするこの小説はマローン・ジェイク・ヘレンの黄金トリオが活躍するシリーズの第1弾である。この小説でジェイクとヘレンは出会う。

今回この小説を読み返して、このシリーズはユーモアたっぷりでドタバタギャグの楽しい愉快なシリーズとばかり思っていたけれども第1話ではこんなに悲しい苦しいエピソードが描かれていたのかと愕然とした。初読みのときの感想にそこらへんのことは書いていないので当時どう受け止めたかは不明なのだが覚えてなかったということはそんなに重く感じていなかったのかもしれない。これ以上詳しく書くとネタバレまではいかなくとも関連があるので口をつぐむほかないのであるが。
まあもちろん、基本はユーモアミステリなんだけどね。こういうの読むとライス本人の人生がけっこう大変なものだったとかいう情報とあわせてもっと詳しく知りたくなっちゃうんだけど知らないほうがしあわせなのかなあ。
| 翻訳ミステリー |
2009.11.21 (Sat)
歯と爪 (創元推理文庫 163-2)
ビル S.バリンジャー
東京創元社
売り上げランキング: 162802

■ビル・S・バリンジャー 翻訳;大久保康雄
どんな話か忘れていたのでも一回読んでみた。いやはや地味というか地道な話である。しかも暗い。ずぅーっと抑えてきた鬱積したものが晴らされるべく容易された筈の結末の展開を読んでもあんまりカタルシスを得られた感がわかない、まあこれは話の中盤あたりからこのミステリのトリックとか仕掛けとかいろいろ思い出したせいかと思っていたが初読みのときの感想を読んでみたらそのときからあんまり驚いてなかったみたいである。あらら。しかしサスペンスとして少しずつ話の全体像がわかっていくその迫り方やなんかはけっこう面白かったようである。

この小説は法廷で検察と弁護人がある事件について争いながら事件のあらましを少しずつ明らかにしていく様子と、あるマジシャンがひとりの女性と出会い結ばれた後にとんでもない悲劇に巻き込まれその復讐のために生きていく様子が交互に語られる。法廷で被告人の席にすわっている人物の名前は終盤まで明かされない。

このミステリーは「最後のどんでん返しがすごい」という持ち上げられ方をしていてそれがポイントみたいな感じで文庫裏の紹介文なども書かれているが正直それほどの驚愕はないと思う、でも「いろんなミステリーを読んでおきたい」という方にはとりあえずマストの作品のひとつだとは思う。だって実際に袋綴じになっている文庫なんてそんなに無いものね。
袋綴じをそのままに出版社に送り返したら返金しますと書いてあるけれども袋綴じを開けたあとにわかることがたくさんあるのでやっぱり開けなきゃ読んだ意味がないんであった。
| 翻訳ミステリー |
2009.11.14 (Sat)
大はずれ殺人事件 (ハヤカワ・ミステリ文庫 ラ 2-2)
クレイグ・ライス
早川書房
売り上げランキング: 360664

大あたり殺人事件 (ハヤカワ・ミステリ文庫 ラ 2-3)
クレイグ・ライス
早川書房
売り上げランキング: 404468

■クレイグ・ライス 翻訳;小泉喜美子
アイ・ラブ・ライス!久しぶりに何気なく「大はずれ」を再読したらスッゴク面白くて楽しくて、続けて「大あたり」も読まずにはいられなかった。やっぱり大好きだなあこの雰囲気。と思ってアマゾンでみてみたら現在は両方絶版のようである。ぎゃふん。
あれかなー、最近『スイート・ホーム殺人事件』が改訳版で出されたからこれらもまたそういうことの準備期間で刷ってないとか、そういうんだったら良いんだけど単に「あんまり売れないから……」とかだったらすごく残念だなあ。この文庫の解説者が日本ではユーモアミステリがあまり重視されないと嘆かれているけどいまになっても文化度上がってないって証明しちゃうことになるよ(ちなみにこの文庫の初版は1977年)。

高名な弁護士ジョン・J・マローン、その友人ジェーク・ジャスタス、ヘレン・ジャスタスのトリオがしっちゃかめっちゃかのコミカルな騒動を繰り広げるとおーっっっても楽しいシリーズものの第3、第4作にして一番メジャーなこの2作は是非セットで「はずれ→あたり」の順序で読まれたい。特に「はずれ」のほうはミステリとしても作品としてもファンの間で評価が高いから必読。なによりも多彩で個性豊かなキャラクタがたくさん出てきていろんなツボが心地よく刺激される感じがたまらない。
ジョージ・ブランド(ヘレンのお父さん)の風変わりでちょっとクレイジーな感じ、ダニエル・フォン・フラナガン警部のお約束コメディみたいな愚痴、ジョージイ・ラ・チェラの可愛いといいたくなるくらいのチンピラぶり、モーナ・マクレーンの型破りの豪傑ぶりも素晴らしいが今回読み直してイチオシしたくなったのはパートリッジだ。
「この男は、ジョージ・ブランドの従僕なのか、それとも後見人なのか、ジェークはもう永いこと結論を出しかねているのだった。」と文中にあるだけで特定はされておらず、何故か文庫折り返しの登場人物リストからも外されている彼だけど、本作のあるシーンでは素晴らしい機転の利いた活躍をみせるなど、ピーター・ウィムジイ卿の側に控えるバンターを髣髴とさせる有能ぶりがそこここに窺える。執事・従僕好きの方には激萌えなこと間違いなし。

『大はずれ殺人事件』
シリーズ第3作にして大傑作。社交界の花形、モーナが「絶対つかまらない方法で人を殺してみせる」と公言し、もしその事件を解いてみせたら所有しているナイト・クラブ<カジノ>をさしあげるとジェーク相手に賭けをする。そしてその翌日、混雑した道の真ん中でいつのまにかある男が刺されるという殺人事件が起きる。殺された男とモーナを結ぶ線は、動機は見つかるのか?
被害者が叩けば埃の出まくるチンピラだったものでこの男の死をつつきだすとあちらからもこちらからも蛇が飛び出してきて、多くのひとが彼を狙う動機を持っていたことがわかってくる。でも肝心のモーナとの関係がわからない……。
ミステリーとしての愉しさもさりながら、結婚した当日に賭けをして殺人事件に巻き込まれてしまい、やきもきしながら新妻をおいかける新郎というシチュエーションも面白い。といかくわいわい楽しい、ジェット・コースターみたいなスリリングさがたまらない。

『大あたり殺人事件』
ジェークとへレンが新婚旅行に行ってしまい、大晦日だというのにひとり寂しく酒場で呑んだくれていたマローンはいきなり殺人事件に遭遇してしまう。しかもその見知らぬ被害者は事切れる前に彼の名前を呼び、手の中にそっと何かの鍵を握らせたのだった……。
いやおうなしに巻き込まれたマローン、そんなときにジェークとへレンがハネムーン先で喧嘩してそれぞれが別々にマローンに接触してくる。帰ってきたへレンが身を寄せたのはモーナの邸宅だったがそこでまたしても殺人事件が起き……。
この話のトリックとか根本的な設定とかは正直ご都合主義というかかなりユルいのだけれど小説としての面白さがそれを補って余りある。パートリッジ氏が出てこないのが残念だけど、ロータスとかロスとかペンドリイとかいう魅力的なキャラクタが脇を固めてくれる感じでにこにこしながら読めちゃうのだ。
| 翻訳ミステリー |
2009.11.05 (Thu)
オレンジだけが果物じゃない (文学の冒険シリーズ)
ジャネット ウィンターソン
国書刊行会
売り上げランキング: 260389

■ジャネット・ウィンターソン 翻訳;岸本佐知子
『灯台守の話』が面白かったし岸本さんもお気に入りの作家のひとりらしいジャネット・ウィンターソンの自伝的小説でありデビュー作でもある本書の存在は以前から知ってはいたがけっこう長い間購入をためらっていた。というのは、アマゾンの「商品の説明」に書いてあることから推すにどうも彼女は楽しく満ち足りた子ども時代を送ったとは云えないようで、辛くて苦しい体験が書かれているんじゃないか、と思ったからである。岸本さんのエッセイなどからジャネットがいわゆるマイノリティに属するひとだということもわかっていて、だから余計に気軽に手を伸ばせなかった。深刻に考え、構えてしまっていたわけである。

だけどやっぱりここは読んでおきたい。――と、思って、肩に力が入ったまま対面した。1行目を読んで「えっ、よりによってこういう文ではじまるの」と意外の感に打たれ思わずそこは2回読んだ。続く文章を読んでまた「え」と思い、続けて数行読み、気がつくとどんどんのめり込むようにその世界に入り込んでいた。ものすごく面白かった。肩の力なんて、知らぬまにほぐされていた。

最後まで読んで「訳者あとがき」であらためてこれがデビュー作であることを再確認し、とんでもない才能の持ち主としか言いようがないな、と感嘆のためいきをもらした。

この小説の主人公ジャネットはキリスト教原理主義者の一派の熱心な信者であった養父母に宣教師になるべく育てられてかなり極端な思想に染まった少女時代をなんの疑問も抱かずに過ごし、小学校ではまわりのみんなからドン引きされるような言動をしたりしていたのだけれど成長するにつれて母親や周囲の教会のひとびとの考え方になんとなく疑問を感じたりしはじめるようになった。そんななかで彼女は初めて心を揺さぶられるような惹きつけられる相手と出会い、恋におちる。彼女はそのひとと一緒にいることが楽しかったし、いろんなことを打ち明けられ共感できる相手ができて有頂天だった。けれど周囲はそんなジャネットの純粋な気持ちなど理解しようともしてくれず――。

岸本さんによればこの小説で書かれていることはほぼ著者のプロフィールそのままだそうだ。そして読んでみてアマゾンの「商品説明」に書かれていたことはこの小説の概要として決してズレたものではないこともわかった。
にもかかわらずこの物語がとてつもなく面白かった理由は言わずもがな、ジャネット・ウィンターソンが素晴らしい語り手であるからに他ならない。ところどころ挿入される別次元的”物語”(そのままでは語りつくせないから「象徴」して書かれたもの)があるのも「ああそうせずにはいられないんだな」という感じで興味深い。『灯台守の話』でも強調されていたテーマだったけど、本当にこのひとにとって「物語」というのは生きていくためになくてはならない大きな存在なんだなっていうのがすごくよくわかる。

自分のことを書いてあるけれどもけっしてひとりよがりにならず、感情的にもならず、独善はなく、排他もせず、クールにシニカルに、けれども母親や周囲のひとびとにどこか愛情すら感じさせる公平な視線を注ぎ、独特のユーモアをたっぷり滲ませて綴られた物語。波乱万丈なドラマッチックな半生だけでもゴシップ的な面白さがあるのだろうが、ジャネットの語り口がそれを最大限に活かしている。とにかくこんな内容をよくぞここまで冷静に書けたものだと驚嘆する。どこにも筆すべりというものがない。自己憐憫や耽溺など微塵も無い。だからこそほんとにするっと彼女の想いが胸に沁みこんで来る、あああんなにきらきらしていたものをみんなで踏みにじるだなんてといじらしくてたまらなくなる。

不思議なことに無茶苦茶なことを言ったりする母親なのだけれどこの本を読んでいるとジャネットが彼女を愛しているんだなということがすごくよく伝わってくる。こんな母親だったらたまんないなと思うしジャネットだってそう感じている。だけれども人間、そんなに「好き・嫌い」だけで割り切れるものではないし、ましてや母親というものは娘にとってそういうものだろう。ジャネットとこの母親は血の繋がりはまったく無い遺伝子上の他人で、養子縁組によってつくられた「母娘」だ。だけれど読んで思ったのだけれどこの母親はそのありかたの是非は脇においておくとして、なんていうかまったく、実にどうしようもなく「母親」だ。その娘に対する情の向け方、無関心の具合、少女時代に出て行ってずうっと音信不通でいた彼女がすっかりおとなになってある日ふっと突然帰ってきたときにまるで今朝出掛けていった娘が帰宅したかのようになんの戸惑いもなく迎え入れるその姿勢。

この娘と母親はたぶん生涯理解しあうということは無い。ジャネットはともかくこの母親に娘の価値観やなんやかやを理解しろといったって無駄なだけなのは火をみるよりも明らかだ。だけどこのふたりはそもそもの最初は他人だったけれども一緒に過ごした長い生活の日々があって(おそらくは)理性ではどうしようもない複雑な情があって、もはやどれだけ長く離れていようと他人には戻れっこないのである。この娘は母親を忘れられないし、この母親は娘が帰ってくれば受け入れずにはいられないのだ。
最後にこの物語の最初の一文を引いておく。

  たいていの人がそうであるように、わたしもまた長い年月を父と母とともに過ごした。
| 翻訳小説 |
2009.11.02 (Mon)
カツラ美容室別室
カツラ美容室別室
posted with amazlet at 09.11.02
山崎 ナオコーラ
河出書房新社
売り上げランキング: 102624

■山崎ナオコーラ
ずっと前からこれは装丁が気になっていて。タイトルもかなり気になっていて。
頭の中でいろいろ想像をめぐらせていたのだが読んでみたら思っていたよりもずっとふつうの小説だった。「ふつう」というのは解釈がわかれるアイマイな表現なのでもう少し踏み込んでいうと、予想していたようなファンキーな、常識や型というものをぶち破ったひとびとが自由奔放に生きるという小説では全然なくて、どちらかといえば大人しい、常識のある善意の市井のひとびとがでてきて、働いたり恋をしたり友情みたいなものを抱いたり失恋したりなんだりの、ごく日常的な生活をおくっているその一面を若い男性の視点から描いた話だった。
最後まで読み終えて、ちょっと物足りないような気持ちと、でもこれはこれで面白いんだよ、こういうのもありなんだよという気持ちが半々だった。
まだ2作しか読んでいなくて即断するのもなんなんだけど、ナオコーラさんはひょっとしてお名前はそうとう前衛的だけれども作風はそうでもない、のかな。

例えばこの作品でぱっと関心をひくのは「美容室」の名前がよりによって「カツラ」であることや、何故か「別室」と付いている謎だと思うのだけれど、その種明かしは実に常識的なものだし、それもすんごくあっさりとさらさらさらり〜っ、という感じで書かれている。そこになんらかの諧謔性や批判めいたものを含ませているんじゃないか、という予測は見事に裏切られる、というか、そういう書き方そのものがそもそもそういうふうに「構えてしまっている読者」へのカウンターなんじゃないかと解釈できる。

思えばこの作品はそのような単純な小説的セオリーを柳に風と受け流していくふうがあって、若い男女が出会って恋愛めいた感情がちょっとわいて、相手の出方を探りながら少しずつ交流を深めていくのだけれど時間とかその場の空気とか流れとかで結局時流に乗り遅れていくさまだとかがすごくリアルな感じで描かれている。
ばーっと盛り上がって、気持ちが揺れて、ひかれあっていく恋愛小説はそれはそれで楽しいし、カタルシスも得やすいと思う。恋したり愛したりする気持ちは大変大切なことで、素晴らしいことだ。だけど人間のどうしの関係ってそれだけじゃないし、たとえば男女のあいだにだってもちろん恋愛感情もあるけど友情もライバル心もあって気持ちのどこかでは妬んでいる、とか、単純に興味があるとかその場のノリとかまあそういういろーんな感情が渦巻いていて、その混濁加減は一様には語れない。
ひとの気持ちはものすごくいろんなもの・状況や気分によって左右されていく変わりやすいものなんだなあ、すんごく微妙なバランスのうえにあるんだなあ、っていうのがこわいくらいに書かれている。

あとこの小説を読んでいて思ったことはヒロインの女の子(エリちゃん)がもひとつ魅力的じゃないなあということで、まあたしかにこういう勝気さとか焦りとか至らなさとかはわかるけどでも好きにはなれない(それにしても主人公の視点でここまで見えてしまっているのを描いてあるのはこわいなあ)。
それでもってじゃあわたしが気になるのは誰だろうと考えてみるとそれはすごく脇役にしか書かれていない桃井さんとか海棠のダメ男ぶりとかなのだった。桃井さんのこのあたりは柔らかいけど実は芯がものすごくしっかりしていそうなところとか、海棠の優柔不断なダメダメっぷりっをじっくり書いたらまた違う面白さのある小説になるような気がして、そういうのも読んでみたい。

注目の(?)タイトルになっているカツラ美容室の店長たる桂孝蔵氏に至っては最後までよくわからないところがあったがやはり良識的な(だけど時には感情的にもなる)おじさんだったのだろう。少なくとも奇を衒って鬘をかぶったり洒落のつもりでこういう店名にしたのではないことは間違いなさそうだ。ちょっとくらい変人めいた言動(=小説的サービス)があっても良さそうなものなのだが、ここはもう絶対意図的なんだろうけど桂店長はそういうふざけたことはいっさいなさらない。
変人めいたといえばもうひとりの登場人物、風来坊っぽい梅田氏がそういう役回りなのかと思っていたが彼もまあ、全然だ。なんか出てきたときに勝手にこちらが中場利一氏を連想してしまったから余計だと思うのだけど中やんに比べたら本当に大人しい常識人だった。

派手な「創り」を徹底的に排除してこういうふうな細やかな微妙な人間関係を描いていくという手法は面白いと思う。これは中篇くらいだと思うからできれば長篇で、腰を据えて描かれたものを読んでみたい。
| 純文学 |
2009.11.02 (Mon)
シチリアを征服したクマ王国の物語 (福音館文庫 S 54)
ディーノ・ブッツァーティ
福音館書店
売り上げランキング: 222602

■ディーノ・ブッツァーティ 翻訳;天沢退二郎/増山暁子
「本の雑誌」2009年1月号「私のベスト3」で岸本佐知子さんが取り上げておられ、「お」と思ったもののそのままになっていた本、先日読んだ『スットコランド日記』の中で同書を宮田兄もやはり岸本さんの推薦ならばこそ、という理由で読まれていたので「おおー」と思って遅まきながら読んでみた。

思ったよりもしっかり児童書だった。っていうか読む前は「小学校高学年から中学生くらいむけの本かな」と思っていたが読んでみたらこれは小学校3、4年生あたりで読むのがベストだ、ああそのくらいで出会えていたらどんなミラクルな感想を抱けただろう……ともったいない感を噛み締めてしまうのだった。

もちろん5年生でも中学生でもいい年した大人でもじゅうぶん楽しめる。何より展開とか登場人物の言動がときどき小さくフェイントがかっているかんじでどこからツッこむのがいいだろうか、などと読みながらやや狼狽し、そういうのがジャブで繰り返されてじわじわ効いてなんともいえないおかしみを醸しだす……という感じがする。
だけどこれはおとなの感じ方じゃないのかな?
と思うのだ。物語や小説をある程度以上読んでいて、お話とはこういうふうにすすみ、展開し、波乱の末にやがてまとまっていくもの、とセオリーを知っているから「なんだかこのお話変わってるなあ」と思う。それはそれで面白い。だけど、
9歳くらいの、すんごくやわらかいアタマとココロにこのお話はどういうふうに響くのかな?
――と思ってしまったら、うわー、これその時期に読めていたらなあ!
というふうにすんごくどきどきしてしまったのだ。

このお話はイタリアの偉い作家ブッツァーティ(入力するだけでも見慣れない羅列でちょっと大変)さんがこどものための新聞に連載したものだそうで、文章だけでなく絵までご自分で描かれたという素晴らしい作品だ。表紙だけじゃなく本文の挿絵にもカラーがいくつも含まれているから本当に楽しい。
そして翻訳をてがけられたおふたりのうちおひとりが『光車よ、まわれ!』の天沢退二郎で、とても愉快な、雰囲気たっぷりの日本語になっている。

”クマははだかのほうがいい。”
という帯の文句を本編を最後まで読んだ後見つめると思わずじっと凝視してしまうくらい「そのとおり」なのだった。そしてたぶん、
”にんげんもほんとうははだかのままでいられたらよかったけどね”
と思ってしまったのだった。
| 絵本・児童書 |
2009.10.31 (Sat)
シドニー! (コアラ純情篇) (文春文庫)
村上 春樹
文芸春秋
売り上げランキング: 59668

シドニー! (ワラビー熱血篇) (文春文庫)
村上 春樹
文芸春秋
売り上げランキング: 99751

■村上春樹
なんでいまごろシドニーオリンピックの本読んでんねんという感じだが仕方ないじゃないか、もともとオリンピックに熱が上がらないタイプだからこの単行本が出た2001年初頭「あーそー」とスルーしてしまったんだから。

本書は2000年のミレニアム・オリンピック=シドニー・オリンピックを村上春樹が現地でナマでリアルに見て聞いて感じたことを毎日綴った”日誌”をまとめたものである。雑誌「ナンバー」の企画で現地に入って、メディア側の人間として取材する日々。
とはいっても興味がある競技しかみないからたとえばジュードーなどはかすりもしていない。開会式では選手入場のドイツ(d)で既に飽きて帰ってきてしまっている。
まあだいたいが陸上、それも走るヤツ関係、注目はなんといってもマラソン、である。むしろサッカーとか野球とかホッケーとかもたまに観て、観るとなるとさすがにきちんと観てらして、そういうのが意外なくらいだった(いやさすが村上さん大人っすよね)。
走る競技の中でも高橋尚子よりキャシー・フリーマンについて多くを熱く語っている、そういうスタンスで書かれているのがすごくよくわかる。
ってゆーかオリンピックってほんとすんごいいろんな競技やってるから全部観るとか不可能だから!

毎日朝起きて、ジョギングして、会場にいってあちこち見聞きしてときには会場でラップトップをひろげてぱたぱたと原稿を打つ。競技は遅くまで行われているから帰ったらだいたい夜中という日々。それでもオリンピックの話だけではなく間に読んだオーストラリアの動物の生態についての話だとかコアラを見に行った話だとかもけっこう差し挟まれていて面白い。

しかしなんといっても素晴らしいのは「コアラ純情篇」の冒頭と「ワラビー熱血篇」の最後に収められた有森裕子選手と犬伏孝行選手に関するルポタージュだろう。これは”日誌”の文体とはぜんぜん違うカチィッとした硬質の鋭く研ぎ澄まされたシャープな文体で書かれていて、とても美しい。静かな、だけど読んでいると行間から選手やコーチの、そのインタビューを受けているときに考えている眉間に寄ったかすかな皺だとか視線、手の動きなんかまで眼前にクリアに浮かんでくる熱のある文章。わたしはふだんこの方面に意識をはらっていないのだけれどこれを読むと個人がどうというよりはひとの生き方の一面としてすごく興味深くこころにずん、と入ってくる思いだった。もちろん人生の中にオリンピックがこれだけ大きな位置を占めているひとなんてほんの一握りだし我が身に置き換えることなぞできるものではないので共感というのではないのだけれど、それでもやはりひとが一生懸命生きている、人生と対峙している姿というのは激しくこころを打つ。

それにしてもオリンピックの取材がらみの本でこれだけオリンピックなんか退屈だという主張を繰り返しているのも珍しいのではないか、まあこの著者が「オリンピックいえーい」とか盛り上がってるところはたしかに想像できないけど。
競技を減らし、全部アテネでやっちまえばいいんだという極論は面白かったけどまあいまのオリンピックは商業主義国家主義なしには成立しなくなってるからよほどの変革がないと無理だろうなあ……。
| エッセイ・対談・ルポ・日記 |