フロスト気質 上 (創元推理文庫 M ウ)
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R.D.ウィングフィールド
東京創元社
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東京創元社
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■R・D・ウィングフィールド/翻訳;芹澤恵
「フロスト警部がきましたあああ」
「いえぇえい!」
「『夜のフロスト』が2001年だから実に7年ぶりの新刊ですぅうー」
「イエー! ヒュー! 待ってたぜオヤジぃー!」
「今回も面白かったですねえぇ」
「……まじで面白かった」
「ちょっと今回自分でもびっくりしたんですけど、実際読んでフロスト警部が出てきたときにものすごく嬉しくて。わたしはこんなにフロスト警部のこと好きだったっけ?みたいな」
「まあ、基本下品だからな」
「下品だし整理整頓はなっていないしいろんなものちょろまかすしいわゆる“ヒーロー”ではありえないことをいっぱいする。“事件を解決する”という最終目標を達成することが至上課題な職業だからチャラになるんでしょうがこれが事務職だったりしたらかなりヤバイですよ」
「なにを小さいことをぐちゃぐちゃ言ってるんだ。お前はビル・ウェルズ巡査部長か」
「あ、なんかクリスマス休暇がもらえないってずっとぶちぶち言ってましたね」
「言っとくがジャック・フロストは全世界的に見てもたぶん人気のある御仁だぞ」
「何を根拠に」
「いいか、この帯を見ろ。フロストものは毎年その年末のいずれかの出版社のミステリーベスト海外部門で1位になっているという実績を持っているんだぞ」
「思いっきり日本の話じゃないですか」
「細かいことを気にするんじゃない。マレット署長と呼ぶぞ」
「それを言うならランキングの順位を気にするあなたのほうがよっぽどマレット署長っぽいんじゃないでしょうか」
「うるさい! ジム・キャシディ警部代行って呼ぶぞ」
「げっ」
「ふふふ、嫌だろう」
「――ていうか、キャシディも同じ穴の狢どころかマレットより更に自分の成績ばっか気にしてるヤツですってば」
「ヤな奴だよなー、ある意味犯人よりもむしろこいつのほうが嫌なヤツだった」
「犯人といってもこの小説では例のごとく複数の事件が起こって複数の犯人がいますがやっぱあれのことですか」
「決まってんだろ、小さい子どもの命を盾にするんだから。死んだ子やその親の気持ちになってみろよ。どんな理由があったって誘拐犯は最低だ、人間のするこっちゃねえ。この小説内のそのほかの事件の犯人も殺人とかしてるけど情状酌量の余地があったり、殺されたほうのが悪人だったりするじゃないか、でもあいつに殺された子どもにいったいなんの咎がある?」
「ですよね。動機を読んで思ったんですけどこの犯人はどっかでもう人間性を手放しちゃったとしか思えない、だってなんだか勝ち負けにこだわってる感じがあったりするでしょう」
「ひとの命を駒にするなっての」
「ほんと、人間とは思えませんね。……でも、その非道な犯人よりもキャシディは嫌なヤツだったと?」
「だから『ある意味』、だよ。それにこれは悪さのレベルを言ってるんじゃないよ」
「好き嫌いの問題ですか?」
「ていうか書かれ方がさ。たしかにキャシディは別に犯罪者じゃないよ。人間として間違ってもいないし、ある意味非常に人間的だ。そういう意味では犯人と並べること自体公平を欠くっつうか、次元が違うことは承知だ。けどさ、感情的にこれってそういう役柄のキャラクタだろ? 善悪の基準では別に悪いことはしてないし警察官としても間違ったことはしてない、ただ間抜けの抜け作なくせに自分の能力もわからずにフロストや部下の努力の結果の功績をしゃあしゃあと己が成果として報告する絵に書いたような面の皮の厚さ。……ムカつくヤツとして書かれてんだから、素直にムカついたまでよ。あの犯人はムカつくっていうようなレベルじゃなくてただもう許せないからな」
「まあ、ここまでわかりやすい立身出世主義者はある意味ひとつの“型”として書かれてると思ったほうが正解かもしれませんね。こういう面を持った人間はそこらじゅうにうじゃうじゃいますからフロストに同情しやすいという」
「マレット署長もいままでのシリーズでお馴染みのとおり、小姑みたいに細かい叱責をしたり責任回避したり嫌なヤツなんだけどキャシディに比べたら大人しいし、あんまりわかりやすすぎて最後のほうではなんだか可愛くすら思えてきた」
「かわ……。まぁ、電話かけるところで自分も手伝いにきたところとかは可愛かったですけどね」
「ほとんど役に立ってないけどな。要するに、気が小さいし警察官としての能力もあんまりないけど立ち回りが上手いから出世したってタイプなんだろうな」
「だけど部下が腹括って犯人との交渉に臨もうとしてるときに自分の保身しか考えずに全部フロストに押し付けるような発言するじゃないですか、あれは駄目ですよ、上司の義務、立場ってものがわかってない。なんのために上が居ると思ってるんです!」
「……や、まあ、それは理想っつうか、それわきまえてる上司ばっかりだったら皆苦労しないって」
「そうなんですけどー」
フロスト気質 下 (創元推理文庫 M ウ)
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R.D.ウィングフィールド
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東京創元社
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「ちょっと軌道修正しようか。――ええと、フロスト警部シリーズっていうのは複数の事件が起こってそれを同時に捜査していくいわゆるモジュラー形式のミステリーなんだけど今回もそうで、ざっと拾うと連続幼児刺傷事件、少年誘拐殺人事件、少女誘拐事件、浮浪者の腐乱殺人事件、母子4人殺人事件……とにかくまあ、次から次へと事件が起こるわけで、そのどれかがどっかでリンクしてるのかとかそういう謎も抱きながら読み進んでいく。実際の警察もこんな感じなのか知らないけど、とにかく事件に対して人員が少なすぎる感じで、皆が少しずつ協力し合って取り組んでいかなくちゃいけない」
「そういう状況なのにちょっとフロストが思いついて探りにいって解決の糸口っぽいことを見つけたら『なんで俺に知らせず勝手に行動したんだ、あれは俺の事件だ』とかいちいちしゃしゃり出てきて成果だけもぎ取ってくのがキャシディなんですよね」
「ムカつくだろ? そういうやつがまた普通に出世早かったりするんだろうな。――でも、みてるやつはみてるわけで、例えばフロスト警部は下品でいい加減だけど署の部下たちから会議で好意的に盛り上がられたりして、そういうの読むとなんか嬉しかったりしてな」
「楽しいですよね。場の空気と一緒にこちらも微笑ましくなったりして。事件が殺伐としていて、小さい子が被害にあっているからつらい気持ちでいるだけに、フロスト警部のキャラクターに救われます。あと、部長刑事のリズ・モードも最初はフロストに反発していましたが彼女はちゃんとわかってるひとですね。真面目だし、頑張り屋さんだし、すごく応援したくなりました」
「それにしてもフロスト警部ってほんとヒーロー像から遠いというか、解説の荻原浩さんも書いてらしたけど、ふつうこういうミステリーで主役級のキャラが『実はこういうことでは』って新発想をして行動を起こした場合、それが真相だったり重要なキィ・ポイントだったりすることが多いからこっちは『おぉ、それは凄い』って身を乗り出してんのにあっさり間違いでしたー、ってことが何度かあるんだよな」
「ガクッ、ってなりますよね。カンベンしてくださいよ警部―、って言いたくなる(笑)」
「つまり、いわゆるノリツッコミだ」
「違うと思いますけど」
「だから細かいことは気にするなって。ついでにそういうノリで言っちゃえばマレット署長はツンデレと解釈できないこともないかもしれない……」
「だからそれも違いますって。まぁ、あえてこの話でツンデレを当て嵌めるならリズ・モード部長刑事でしょう」
「そうかあ? あ、もっといいのがいた! ジョー・バートン刑事だっ!」
「ん? うーん、彼がツンデレかどうかはおいといて……バートン刑事は良いですよねー。あの恋心とか、応援したくなっちゃいます。こういう細かなあったかいエピソードがちょこちょこあるのも上手いところですよね」
「うむ。……著者のウィングフィールド氏が既に他界されてしまったのが返すも返すも残念なところだ」
「同感です。未翻訳の作品はあと2作、ですか」
「早く読みたいような、楽しみは長く取っておきたいような」
「……やっぱ素直に早く読みたいです!」
翻訳ミステリー
|HINOKIasunaro| 20080809
■アガサ・クリスティー/翻訳:田村隆一
イギリスの新聞事情は我が国とは随分違っていて、ごく狭い地域を対象とした小さな新聞社がたくさんあって、紙面には近所の、たとえば3軒隣のおばあさんが家鴨に逃げられた、みたいなゴシップ記事が踊っているらしい。不要物の交換呼びかけの広告なども人気らしく、日本でいえば無料で配られているミニコミ紙・フリーペーパーに近い感覚なのだろうか。もちろんタイムズみたいな全国紙もあるけれどそれは主に上層階級が執事の差し出す銀のお盆から受け取るものみたいなイメージがあって、みんなが本当に読みたかったり情報源としているのは断然地元の噂話が詰まったそれなのだ。
ある日、チッピング・クレグホーンという小さなコミュニティで金曜毎に配られる「チッピング・クレグホーン・ギャゼット」に奇妙な広告が載った。
“殺人お知らせ申し上げます。――”
たとえばこれが我が国の全国紙の広告欄に載ったとしよう――と仮定しかけてたちまちつまずいた、いくらお金を払っての掲載でもこんな内容がそのまま通るわけがない。ちょっと前までなら「冗談だったんです」で通用したかもしれないけど犯罪予告に神経質になっている昨今では発信者はたちまち割り出されて御用となるだろう。むろん、イギリスの田舎町の新聞とてそれは同じことでこのツッコミは作中でも行われているが不幸なことにそれは実際に事件が起こった後警察が顔を顰めているのであり、担当者が文字を文字としてしか扱わず、ごく機械的に事務処理した結果そのまま掲載されてしまったとのこと。
この小説の面白さ及びカナメはこの衝撃的な出だしによるところが大きいと思うのだけれどこうしてみると随分ザルというか、不安定な裏打ちによって無理矢理押し通された設定なんだなあ。「これはなんだ」と担当者がちょっと疑問に思って警察に電話したらすべて泡になるそんな計画を立てた犯人がどうこうというよりそういう小説を書いたクリスティーのつなわたりにウーム。
何故もっとボカした表現にしなかったのか、内容を検閲される恐れのない私信による告知ではいけなかったのか、というよりそれ以前に何故事前通知する必要があったのか?――という疑問は当然わくがしかしそれこそがこの小説の核心にふれる問題なのでここでは触れられないのだ。
まあ、何はともあれ予告は掲載された。
そしてそれが全国紙ではなく地域新聞だったからこそそれを読んだひとびとは皆その通告を受けている家もそこに住んでいるひとも知っていて好奇心を刺激されわらわらと問題の日に問題の家に集まってきたわけである。
これがまた信じがたい事象。これがわたしだったらそんな広告をみてもそこへは行かないどころか避けて通るくらいのものであろうにこの村の幾人かの人々はいそいそとそこへ駆け付けるのである。なんの危機感も抱かずに(探偵ごっこみたいなゲームの一種だと解釈されたためだ)。このへんはミステリー・ツアーが盛んだったりするお国柄もあるのかな。いや、時代の問題か。現代ならこんなのんきさは無いだろう。昔は平和だったのだ。
ともあれ結果的に皆さん、犯人の思惑に見事に応じてしまったわけだ。
そんなこんなで居間にその家の人間と村の人間が集まっている状態の中問題の時間はやってくる。突然電気が消え、乱入してきた男がホールドアップをしろと怒鳴り、懐中電灯であちこち照らした後銃声が2つ、そしてもう1つ。混乱の闇の内に乱入者は事故か自殺かと思われる状況で絶命してしまった。
起こったことそのまんまの事件に過ぎないという意見もあった。人を集め、暗闇で強盗をしようと狙ったのだろうと。また、実際発射された2発がその家の女主人に向けて撃たれた、つまり狙われているのは彼女では、という説もあった。
いったい犯人は何がしたかったんだ。
頭を抱える地元警察のもとにミス・マープルが現れる、そしていろんなひとに話を聞いたり探ったりしていく――という話である。
こういうミステリーはいろいろ書いてあることに惑わされずに実際に起こったことだけに目を向けると真相が見えてくる。
しかしそうとわかっていても――これ以上何かを書くとネタバレをしてしまうので口にチャックをすることにするが――、書き手は見事に騙された。
いろんなタイプのひとが出てきてわあわあ言うというクリスティーお得意の舞台。真相がわかったときに全体の色がわーっと変わるその感覚を味わえるのはやっぱり愉快だ。
翻訳ミステリー
|HINOKIasunaro| 20080726
■アガサ・クリスティー
『カリブ海』は単独ではごくオーソドックスなミステリーに過ぎないが、続く『復習の女神』を読むとこれが一種の布石になっていたことに気付かされる。この2作は独立した別の事件を扱っているが、是非セットで読んでおきたい作品だ。
BBSでおすすめを受けて手に取ったのだが正直前者を読んでいるときは何故あえてこれをあげられたのか不思議だった。後者を読んで納得。こういうのをクリスティが書いていたのかとちょっと驚いてしまう変わった趣向の作品だったのだ。
◆翻訳:永井淳
『カリブ海の秘密』はクリスティミステリーの王道中の王道ともいえる作品である。複数の夫婦・妙齢の男女が登場し、恋愛の矢印が役所届出とは違う方向を向いているカップルが含まれている。そこでうっかり口を滑らせてしまったがために起こる殺人。
まことに馴染み深い設定・すじがきで、そのため物語の序盤、登場人物が出揃った時点でだいたいどういう話なのかが想像でき、実際に被害者が出た瞬間に犯人とその動機まで予測できてしまう。彼女の小説の真価はフーダニットなぞにとどまらないと前回書いたのは嘘ではないが、できれば最後までわからないに越したことはないのでいささかがっかりしながらその後ろに続くアガサの巻き散らかした赤い鰊をそれでも丁寧に拾いながら進んでいった。
「カリブ海」というので碧い海、白い砂浜、太陽のきらめき、……といった舞台装置が活かされているのかと想像していたのだがそういう風景描写が驚くほど少なく、正直カリブ海である必然性は全然ない。要はマープルをいつもの人間関係の成り立つ村の環境に置かず、複数の旅行者が集まるそう規模の大きくないリゾート地に送り込めばそこが山だろうと湖だろうと成立する話。魅力的な登場人物もいるし微妙な人間関係の描き方はさすがの上手さだから面白くないわけではないが“女王”クリスティの作品としては凡作かもしれない。
◆翻訳:乾信一郎
『復習の女神』は『カリブ海』に登場し非常に個性的なキャラクターで魅了してくれたラフィール氏がマープルに依頼をする話。それは氏の生前に弁護士に託されたものでその死後に渡すように指示された文書によってであり、達成の暁には大金が贈与されることになっていた。引き受けるも断るも自由だが、氏は彼女の犯罪に対するカンと正義感を信じ「ネメシス」たらんことを望んでいるという。
だがその手紙には具体的な問題点や示唆はもちろんヒントすらも示されていなかった。
何が問題かもわからないこの謎をマープルは見つけ出し、依頼主の希望を叶えることができるだろうか?
富豪が探偵に依頼するが探偵が訪問するに間に合わず死んでしまうという事件はクリスティでもいくつかあったと思うがその場合探せばいいのは富豪を殺した犯人である。これはその種の話ではない。ラフィール氏は天寿を全うしたのであり、そこに問題は何もなかった。
いったいどこから手を付ければいいのか雲をつかむような話だがマープルはそれでもこの奇天烈な依頼を引き受ける。彼女がどのように行動し、その後物語がどう転がっていくかがこの小説の読みどころなのでこれ以上ここでいたずらに言葉を重ねて皆様の興を殺ぐのはやめておきたい。
ミステリーとしても小説としても風変わりな面白い逸品で、ラストも天晴れな楽しさ、絵的にもなかなかに美しいから映像でも観てみたい。
難をつけるとすれば『復讐の』は翻訳者の日本語の使い方が好みに合わなくてちと苦痛だった。
これらの話は3部構成を前提に書かれたそうだ。直球、変化球ときて第3作目にどのような策が練られていたのか非常に興味をそそられるところだがこればっかりはどうしようもない。今更、埋もれた原稿なんか出てこないだろうしなあ。
マープルものを読んでいるとこの辛辣で観察眼の鋭いおばあさんが洒落者で外国人のポアロと共演したらどうなっただろうかなどという妄想がわいてしまう。そういうパロディというのか贋作、出てないのかな。探せばありそうな気もするな。翻訳されているかはわからんけど……。
【私信】わんこさん、おすすめありがとうございました。好き勝手書かせていただきましたのでこの感想に対する異論反論がきっとおありかと……。
どきどきしながらお待ちしております(汗)。
『カリブ海』は単独ではごくオーソドックスなミステリーに過ぎないが、続く『復習の女神』を読むとこれが一種の布石になっていたことに気付かされる。この2作は独立した別の事件を扱っているが、是非セットで読んでおきたい作品だ。
BBSでおすすめを受けて手に取ったのだが正直前者を読んでいるときは何故あえてこれをあげられたのか不思議だった。後者を読んで納得。こういうのをクリスティが書いていたのかとちょっと驚いてしまう変わった趣向の作品だったのだ。
カリブ海の秘密 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
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アガサ クリスティー
早川書房
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早川書房
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◆翻訳:永井淳
『カリブ海の秘密』はクリスティミステリーの王道中の王道ともいえる作品である。複数の夫婦・妙齢の男女が登場し、恋愛の矢印が役所届出とは違う方向を向いているカップルが含まれている。そこでうっかり口を滑らせてしまったがために起こる殺人。
まことに馴染み深い設定・すじがきで、そのため物語の序盤、登場人物が出揃った時点でだいたいどういう話なのかが想像でき、実際に被害者が出た瞬間に犯人とその動機まで予測できてしまう。彼女の小説の真価はフーダニットなぞにとどまらないと前回書いたのは嘘ではないが、できれば最後までわからないに越したことはないのでいささかがっかりしながらその後ろに続くアガサの巻き散らかした赤い鰊をそれでも丁寧に拾いながら進んでいった。
「カリブ海」というので碧い海、白い砂浜、太陽のきらめき、……といった舞台装置が活かされているのかと想像していたのだがそういう風景描写が驚くほど少なく、正直カリブ海である必然性は全然ない。要はマープルをいつもの人間関係の成り立つ村の環境に置かず、複数の旅行者が集まるそう規模の大きくないリゾート地に送り込めばそこが山だろうと湖だろうと成立する話。魅力的な登場人物もいるし微妙な人間関係の描き方はさすがの上手さだから面白くないわけではないが“女王”クリスティの作品としては凡作かもしれない。
復讐の女神 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
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アガサ クリスティー
早川書房
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早川書房
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◆翻訳:乾信一郎
『復習の女神』は『カリブ海』に登場し非常に個性的なキャラクターで魅了してくれたラフィール氏がマープルに依頼をする話。それは氏の生前に弁護士に託されたものでその死後に渡すように指示された文書によってであり、達成の暁には大金が贈与されることになっていた。引き受けるも断るも自由だが、氏は彼女の犯罪に対するカンと正義感を信じ「ネメシス」たらんことを望んでいるという。
だがその手紙には具体的な問題点や示唆はもちろんヒントすらも示されていなかった。
何が問題かもわからないこの謎をマープルは見つけ出し、依頼主の希望を叶えることができるだろうか?
富豪が探偵に依頼するが探偵が訪問するに間に合わず死んでしまうという事件はクリスティでもいくつかあったと思うがその場合探せばいいのは富豪を殺した犯人である。これはその種の話ではない。ラフィール氏は天寿を全うしたのであり、そこに問題は何もなかった。
いったいどこから手を付ければいいのか雲をつかむような話だがマープルはそれでもこの奇天烈な依頼を引き受ける。彼女がどのように行動し、その後物語がどう転がっていくかがこの小説の読みどころなのでこれ以上ここでいたずらに言葉を重ねて皆様の興を殺ぐのはやめておきたい。
ミステリーとしても小説としても風変わりな面白い逸品で、ラストも天晴れな楽しさ、絵的にもなかなかに美しいから映像でも観てみたい。
難をつけるとすれば『復讐の』は翻訳者の日本語の使い方が好みに合わなくてちと苦痛だった。
これらの話は3部構成を前提に書かれたそうだ。直球、変化球ときて第3作目にどのような策が練られていたのか非常に興味をそそられるところだがこればっかりはどうしようもない。今更、埋もれた原稿なんか出てこないだろうしなあ。
マープルものを読んでいるとこの辛辣で観察眼の鋭いおばあさんが洒落者で外国人のポアロと共演したらどうなっただろうかなどという妄想がわいてしまう。そういうパロディというのか贋作、出てないのかな。探せばありそうな気もするな。翻訳されているかはわからんけど……。
【私信】わんこさん、おすすめありがとうございました。好き勝手書かせていただきましたのでこの感想に対する異論反論がきっとおありかと……。
どきどきしながらお待ちしております(汗)。
翻訳ミステリー
|HINOKIasunaro| 20080705
冬そして夜 (創元推理文庫 M ロ 3-8)
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S.J.ローザン
東京創元社
売り上げランキング: 1377
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■S・J・ローザン/翻訳:直良和美
待ってましたー(≧∇≦)ノ彡 のシリーズ第8弾。
今回はビル視点。
交互で語り手が変わるこのシリーズ、何故かビル視点のほうが出来が良いと評判が高い。わたしもどちらかといわれたらそうかなと思うけどでも同性同世代おまけに同じアジア人ということもあってリディア視点も大好きだ。というかこののっぽで決して美男子ではなくて中年でピアノがうまくて実はロマンチストの白人ビル・スミスと、小柄で美人で敏捷性が高くて勝ち気でどんなときも一生懸命でまっすぐな中国系アメリカ人、リディア・チンのコンビが大好きだし、異なる2タイプの視点によって語られるシリーズだからこその魅力というのは決して小さくないと思う。
話の中にごく自然に家族の話が混じるリディアシリーズに対してビルは過去のことや家族のことを語らない。もっと正確にいうと蓋をして鍵をかけて容器も鍵もどこぞに深くうずめておきたいものであるらしく、たまに誰かがそこを掘り返そうとすると逆毛を立てる。堅くて冷たい鎧をかっちりと着込んで動かなくなってしまう。
ビルはリディアを愛しているけれど彼女だってその領域に踏み込むことは――事件の流れの中で致し方なく許されたほんの少しの足の踏み場以外は――許されていないのである。
今回の事件ではそんな孤高のビルの甥っ子の少年がいきなり厄介事を背負って登場する。甥がいたのか、と驚いていると芋蔓式に妹、姪っ子、義弟が登場して最終的には彼の実父との深くて暗くてとんでもない過去まで判明する。
妹の一家が現在暮らす町が今回の舞台なのだが、この町が変わっている。というか知れば知るほど常軌を逸しているので非現実的だと思ったが解説によればこれは実際にアメリカで起きた銃乱射事件の背景が重ねられているのだそうで、つまりこういうコミュニティが存在するということだろう。日本でも田舎に行けば閉鎖的で集団主義的な考え方をする人々というのは決して珍しくないかもしれないが、風土や民族が違うし、この話ではマイナス面ばかりが異様に強調されて描かれていたがそんなに善悪はっきりしているものなのかなあ。だいたい町全体が同じ考え方だというのもなんだか想像しにくいし、まあ権力者がそうなると自動的にその他少数は排除されるということなのか。どのくらいの規模の町なんだろう。
なんにせよビルは妹夫婦にとって悪しき存在、嫌悪の対象で特に義弟とビルは憎み合っているから顔を合わせるたびにすぐにでも殴り合いになりそうな険悪な関係だし(そのへんの理由・分析は小説中に出てくる)、町のひとびとも短気で偉そうでビルに悪意をもって接してくるようなのばっかりだし、みんなひとの話聞かないしフットボールフットボールフットボールばっかり云ってるし(もともとスポーツマンが苦手な上に明らかに意識的に悪者に書いてあるもんでまいった)、なんていうか「理不尽だあ」「みんなクールになろうぜ」と云いたくなる実に不愉快極まりなく精神衛生上良くない話だった。ていうかみんな感情的にすぐエキサイトしすぎ。社会的地位のあるいい年した大人の男ばっかりなのになんでもっとコントロールできないのか怒りを通り越して不思議でしょうがなかった。しかも長いんだ、この話が。
それでも読むのを投げ出させないのはローザンの筆力。次から次へ展開があって変わった人物も出てくるし息抜きも多少あるし何より好奇心が刺激される。サリバン刑事や高校生にしてプロの新聞記者魂をみせるステイシー・フィリップスは魅力的だし、甥っ子は可愛げがあるからやっぱり心配だし、それにシリーズを通しての信頼感と二人への好意があるからね。
この話には23年前にこの町で起きた事件のことも絡んでいることが徐々に明らかになっていくのだけれどおやおやそういえばそういう話をここ3作続けざまに読んでいるなあ。『スリーピング・マーダー』しかり『蛇行する川のほとり』しかり。どれも全然違う味付けだし書かれた時期もばらばらだし読んだわたしだって無作為にたまたま読んだだけなんだけど(本書は待って買ったけど過去が絡んでいるとは読んではじめて知った)。ほんと読書してるとこういう偶然の連鎖ってあるもんだ。岡崎師匠も『古本道場』で似たことをおっしゃっていた。
シリーズの中でもロマンス色が少なくてテーマが重かったので楽しい話とは云いにくいけれど終盤、事件のからくりがわかったときには思わずちょっと興奮してしまった、ああそういうことか――! 全部繋がっているというかある意味伏線だったんだと知るときの霧が晴れる感じはミステリーを読む醍醐味だ。
2003年度MWA最優秀長編賞受賞作。
気になるのは解説の作品リストにこれ以降の原書新作情報がなかったこと。それまで原書では毎年出版されていただけに心配だ。ふたりの関係はまだまだ坂の途中ですぜ!
翻訳ミステリー
|HINOKIasunaro| 20080627
スリーピング・マーダー (クリスティー文庫)
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アガサ・クリスティー
早川書房
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■アガサ・クリスティー
初読である。
「えええクリスティー好きとか散々云っておきながらこの超々代表作をいままで未読だっただとう!?」とののしられるかもしれない。
実はわたしは未読のクリスティー代表作がいくつかある。そしてその全てがミス・マープルものである。
そう、わたしはマープルものを中学のときに読んで以来合わない、と思い込んできたのである。「このおばあさんのまだるっこしい説明方法は結論を早く欲しいわたしには向かない」と初対面の印象で極めつけてしまったのである。
かくてポアロもの、トミー&タペンスもの、ノン・シリーズものは二度三度と繰り返し読んだが手付かずの領域はいつまでも残り続けていた。それはそれで気にならなかった。
今回気が向いたのは先般読んだ恩田陸『小説以外』で彼女がこの作品を絶賛していたから。実際に読んでみるとミス・マープルの探偵ぶりは全然まだるっこしさを感じさせず、するすると読めてしまった。あら大丈夫じゃない。
久しぶりに読んだクリスティーの感触をひとことで云うならば”すごく安心”だった。だって女王の、しかも代表作がつまらないわけはないからぜーんぜん心配しなくていいのだ。しかも本格だから様式美なことも約束されている。どっかですごいアクロバットがあるっていう気構えもいらない。必要なのは、英国ならでは、クリスティーならではの描写・会話の妙をゆったりと愉しむ読み手のこころのみだ。
それにしても『アクロイド』を読んだときも思ったことだけれどクリスティーの推理小説というのはある意味すごく公平というか真正直な書き方がなされていて、しかも本格の「良し」とされるルールをきちんと律儀に守ってある。
つまり早い話がミステリーをある程度読んでいる人間には途中で犯人が一目瞭然にみえてしまうことがあるのだ。この作品もそうだった。
だけれども同時にある程度ミステリーを読んできてなおかつ、クリスティーを読みたい、という人間にとってはもはや彼女の魅力はフーダニット(犯人あて)なんぞにとどまるものではないということは百も承知のことである。
そして勿論そんなパターンばかりではなく、最後の最後まで犯人がわからず「えええええっ」と驚かされたこともやはりたくさんある。そうきたか!ってのがいくつもある。むろんその場合もきちんとルールは守られている。
つくづく、凄い作家だ。百年前の小説なのに全然古くならない素晴らしさを実感する。
『スリーピング・マーダー』は文字通り眠れる殺人者のことで、18年前にある田舎の家で殺人事件があったらしいのに何も記録にも噂にも残っていない。つまり当時は殺人があったとみなされず、被害者は駆け落ちで外国にいってしまったと信じられていたのである。
ある偶然からその「事件」について知った娘とその夫は好奇心と正義感から真相を探り出そうと探偵ごっこをはじめるが……。
英国の家具や家の描写なんかが楽しくてうっとり。若い二人とミス・マープルが主軸にいるのでなんだかどこかほんわかした空気があってちょっと和める。
いままで読まず嫌いに近い状態だったけど、認識を改めないといけないなあ。
翻訳ミステリー
|HINOKIasunaro| 20080621
ずっとお城で暮らしてる (創元推理文庫 F シ 5-2)
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シャーリイ・ジャクスン
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■シャーリイ・ジャクスン/翻訳:市田泉
去年の夏に創元推理文庫で出て、そのあまりにも可愛らしくてきれいな表紙と印象的なタイトルに釘付けになったものだが今まで手を伸ばすことを躊躇わせていたのはネタバレしないように薄目で散見する書評のどれにも書いてある「怖い」という表現。
ずっとお城で暮らしていて怖い、っていうことはちょっとポエティックな狂気をはらんだ感じのハナシだろうか。とりあえずホラーはちょっと避けておこう。嫌な話で嫌な気持ちになるの嫌だし。
そう考えてあえて避けていた。
だけどやっぱり気になる、読みたい。
好奇心に負けて、1年近く経ってからようやく購入し、読んでみた。結論から言おう。
わたしこのお話大好きーーーーーっ!!
※以下、ストーリーの展開・内容にふれています。白紙で読みたい方は読まないでください。
ホラーのどきどきするところはいっけん平和な描写が書いてあってもいつ後ろからジェイソンに「みぃーつけたー」と飛び掛られ「っぎゃあー!!」という恐怖のどんぞこに蹴り落とされるかわからんぞ、という緊張感を常に持っていなければならないことで、そういう意味では怖かった。でもどっちかっていうとこれは「怖い」じゃなくて……。
読み終わった後、「あれ、全然怖くなかった」と思って「本の雑誌」のバックナンバーとかを探してみたけどやっぱり「怖い」と書いてある、わたしの感受性って鈍いのかしらん。
しばらくじっと自分の感想をぐるぐるやってみた。確かにこの小説ではある種人間の持つ2つの負の面が描かれている。でもそれはわたしの言語感覚で翻訳すると「怖い」んじゃなくて「嫌」で「さびしい」「哀しい」になるようだ。
それにね。
このお話の主人公、メアリ・キャサリン・ブラックウッド(18歳)はしあわせなんだもん。第三者が傍らからみてどういうふうに評価するかっていうとまた全然違うんだけど本人は大好きなお姉さまと一緒に”それからもふたりはいっしょになかよくくらしましたとさ、めでたしめでたし”というおとぎ話のハッピーエンドのような心境にあるわけでしょう?
良いじゃないですかー。
少なくともわたしはそういう多幸感に包まれたメリキャットを羨ましく思う気持ちを少なからず持ってしまう、ってこれは病的なんだろうか。
いいもーん、だってわたしの将来の夢は徒然草に出てくる「ヤな偏屈じーさん」なんだもーん。ふふふふふ(やや自暴自棄)。
あ、でも、メリキャットが18歳だ、っていうことをきちんと考えると確かに怖いのかも知れない。それはそういう正常な世界のものさし的な「事実」に目を向けることによってこのお話が持っているいっけん牧歌的な、メリキャットの視点で語られることによって霞んでしまっている様々なフィルターが解除され、「真実」が垣間見えるからだろう。だってこのお話を自然に読んでいるとどう考えてもメリキャットってせいぜい10〜13歳くらいの少女の精神年齢。
どうしてそういうふうになってしまったの?
って考えると確かにいろいろ芋蔓式に浮かんできて……でも怖いっていうよりは哀しい、だな、やっぱり。
解説の桜庭一樹さんはこのお話の主人公に自己投影することは難しい、という意味のことを書いてこの小説がいかに怖い話かをていねいに説明してくださっている。実はわたしはこの解説を小説よりも先に読んで、「ふーん、そういう話かあ」と心構えを持って読んでいった。
だけどわたしにはメリキャットの気持ちがよくわかってしまった。
メリキャットの悲しみ、恐怖、嫌悪感、「みんな死んじゃえばいいのに」に深く同情しながら読めてしまった。
……これはやはりわたしがおかしいのだろうか、いや、メリキャットみたいな子が一般的で社会的な存在ではないってことはちゃんとわかるんですよもちろん。実際に同じ町にメリキャットのような子が住んでいたらいろんな意味で戸惑うし理解できない存在への苛立ちみたいなものを感じずにはいられないと思うんですよ? ――ってここまで書いてわかった、みんなが「怖い」って言ってるのってそういうことかあ。みんなこれをメリキャット視点じゃなくて村人視点で読んでるから怖いのかあ。
なるほどなー!
わたしがこの小説が好きだと叫びたくなったのは何故かというと、メリキャットが住むのはタイトルにある「お城」ではなくて大きなお屋敷なんだけど、そのお屋敷が緑豊かな美しいお庭に囲まれていて、そこを散歩する情景とか、とにかくデティールがすごくすごくきれいだからだ。きれいなお屋敷に他者を排して自分の世界に染まったまま暮らし続ける。それはああ、なんて「メルヘンチック」なことでせうか!(メルヘンがイコール現実になってるから怖いんだよ、という冷静なツッコミは馬耳東風と聞き流す)。
カバーイラストは合田ノブヨ。イラストっていうよりコラージュっていうのがより正確なのかな。思わず目を近づけて凝視してしまう美しさだ。
翻訳ミステリー
|HINOKIasunaro| 20080517
サンドリンガム館の死体 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
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C.C. ベニスン
早川書房
売り上げランキング: 230055
早川書房
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■C.C.ベニスン
エリザベス二世とメイドのジェイン・ビーが事件の謎に挑むシリーズ第2弾。
探偵コンビといえばホームズとワトソン、ポワロとヘイスティングズみたいにボケとツッコミ――いや違った、無意識ボケと名探偵、という組み合わせが一番有名だが、このふたりはジェインが手足となっていろいろ情報を集め探り、そのピースを集めて推理するのが女王陛下。というとちょっと正確ではなくて、ジェインにはしっかりしたアタマも付いている。んでいちおう迷ったり間違った推測を途中でいろいろしたりするというワトソン役も務めている。しかも本業はメイドだからそのお仕事も抜かりなくこなさなければならない――女王陛下直々のお言葉に従って探偵役を務めているのだからそのへんにもうちょっと配慮があったって良いんじゃないかなあとちょっと思わないでもないのだがあくまで隠密裏に運ばれるべき使命だし、第一それこそ百年前ならいざ知らず、現代の女王陛下は専制君主というわけではないから女王といえど、独断で使用人を動かすには限度があるらしいのだ。
というわけで、ジェイン・ビーは大忙し。
今回はロイヤルファミリーがクリスマスとそのあとの短い期間を過ごすサンドリンガム・ハウスが舞台。よく知らないが、これはロンドンの北東約百マイルのノーフォークにあり、農地や森林に囲まれた館だそうで、ようするに日本で云えば那須の御用邸みたいな役割の場所らしい。
王室雇用人のあいだにインフルエンザが蔓延しており、人員欠如のため普段の仕事の縄張りを越えていくつもの仕事をこなさなければならない状況で、なんとまた死体と対面する破目に陥ってしまったジェイン。その場にはまたしてもまた(くどい言い回しだな)女王陛下も居合わせておられた。芝居のために誰あろう、他ならぬ女王陛下そのひとの扮装をしていた彼女の死因は……。
明るくてくるくる動くジェインへの親しみと実に敬愛すべき君主・エリザベス二世が楽しめるこのシリーズだが、今回の犯人にはこういう話にしては珍しいぐらい腹が立ったというかどうしようもない苛立ちというか情けなさというか悔しさというか……を覚えてしまった。
俗に馬鹿は死ななきゃ直らない、と言うが。
ほんとに。
いっぺん死ね!
と思ってしまうのと同時にこういう雰囲気のミステリーであえてこういう死ななくちゃ直らんレベルの馬鹿犯人をわざわざこしらえあげた著者の意図や如何に、とか考えてしまった。著者も苦労してんのかしらん。(あんま書くとネタバレになってしまう)。
1994年が舞台。チャールズ皇太子とかマーガレット皇女も出てくるけどダイアナ妃は伝聞でしか登場せず。なんかノーフォークからはさっさと帰っちゃったとのこと。ロイヤルファミリーの人間関係も難しいみたいだなあ。というか、ロイヤルファミリーの過去のいろんなことが今回のこのお話にもしっかり関係しているのがミソでもある。
ジェインの父君もカナダからやってきていて年頃の娘にいろいろ悩まされている模様。
翻訳ミステリー
|HINOKIasunaro| 20080413
バッキンガム宮殿の殺人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
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C.C. ベニスン
早川書房
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■C.C.ベニスン
コージー・ミステリーとは主人公が主婦で家庭生活のこまごましたことが描かれていて、ロマンスの色もあってユーモラスなほんわかとしたミステリーを云うが、本書の主人公は主婦ではなく二十歳そこそこの可愛らしいお嬢さんだし、家庭生活のこまごましたことは書かれていない。にもかかわらず、雰囲気はすこぶる「コージー」である。
主人公の職業は現代においては珍しい(と思う)、プロのメイドさんで(秋葉のあれはコスプレで、実態はウェイトレスだもんね)、職場はなんと畏れおおくも女王陛下がお住まいになっているバッキンガム宮殿。そこでの日々のこまごました掃除のことなんかがふんだんに書き込まれている、その生活感がそういう印象を与えるのだろう。
私はイギリス萌えでコージー好きなので購入したのだが、「メイド萌え〜」で購入したひとにはあんまりウケないんじゃないかと推察する、だっていわゆる今日本でウケている「メイド」さんって「ひたすらご主人様につくす、いたいけな」ところがポイントだと(少なくとも私は)解釈しているのだけれど、この話の主人公、ジェイン・ビーのスタンス・仕事っぷりを読んでいるとメイドというのはあくまでひとつのプロとしての職業なんだなということがよくわかりこそすれ「いたいけ」というか「従順という名の言いなり」とかいうのからは程遠く――、ちょっと強引だけど断言してしまおう、そこに、萌えは、無い。
……いやメイド萌えのかたがたには「それこそが萌えですよっ!」と力説されてしまうかも知れんのだが……例えば私は執事萌えで執事がプロであることなどは百も承知でそれこそそこが萌えポイントなんだが……メイドさんも同じなのかなあ。よくわからん。
えと、つまり、何が言いたいかというとジェイン・ビーは自分の意見はきっちり通すし頭の回転も良いし、元気で可愛くてとっても楽しい女の子で、かつ、メイドの仕事に誇りをもっている、ということなのだ(だから「萌え」とか言われたら侮辱を感じるんじゃないかしら)。
バッキンガム宮殿で殺人だなんて百年くらい前の舞台にしてあるのかなと思っていたがしっかり現代、1993年のお話。しかも、「本物の」エリザベス女王様が出ていらっしゃる、っていうか出まくり、っていうか殺人事件の解決に御自ら乗り出されておられるのだから楽しいというかなんというか。
私は別にイギリス王室に特別な感情はそれほどなく、それに関する知識もほとんど無いに等しいが、少なくとも本書に登場するエリザベス女王様はほんっとにチャーミングで同時に威厳があって包容力もある素晴らしい御方で、大ファンになってしまった。
わかりやすーい「嫌なヤツ」とか「うるさい上司」とかその他大勢のキャラへの書き込み方がそれほどでもないのに対し、女王陛下への著者の愛は溢れんばかりである。あー好きなんですね(笑)って感じ。
誰がどうしてどのように、といういわゆるミステリーの主要要素よりも探偵側がじたばたしながら探っていくその過程とそれにまつわるこまごましたものを愉しみたい、という方におすすめする。メイドのジェインがさぐり、女王陛下が推理する。
「お話」ならではなのお話だ。
翻訳ミステリー
|HINOKIasunaro| 20080412
随分更新をサボってしまった。えーと、生きてます。元気です。ばりばりです(笑)。
ここで書名を挙げることは控えるけれど某作品を読み始めたもののいっこうに面白くならず、でもまあ評価はされている名著だからこれはどうもこちらの受信状態が良くないらしい、ということでいったん伏せ、次になんとなくある著者のエッセイに手を出すもこういうときに散文というのは文字通り(じゃないけど)気が散って散見してしまう感じになってもったいないのでこれも保留。
2冊も保留本を抱えてしまっては感性だけで新しい本を更に購入するのはさすがに躊躇われ、「本の雑誌」今月号に救いを求めるがこれといってアンテナに引っかかるものもなく。
・・・なんのかんのジタバタもがいているうちにまるまる1週間ばかりきちんと作品を読まないままに過ぎてしまった。ちょっとフラストレーションが溜まる。読書というのは読み始めて読み終わる、これでひとつの完成とするものであるから、読みかけて伏せてある、という状態が実は一番厄介で、読み終わってしまえさえすれば忘れるなりうっちゃるなりどうにでもできるのだがいかんせんそれが途中で置いてあるとなるとずううっと意識の片隅に残り続けるのである。
わう。
と思って某書に再挑戦するもやはりつまらん、としか思えない。駄目だ。今は駄目なんだ。
かくて救いの神を手持ち本に求め、
■アイザック・アシモフ
和訳が済んでいるのは5巻(本国ではこの続篇が書かれているんだけれど日本語にはしてもらえないのかなあ)。
まだ最近読んだばっかりという気でいたが調べてみたら前に読んだのは2004年の秋なんだね。
ありがたいことに、謎解きを忘れているものも結構あって、面白い。どんどん読ませてもらっている。が、こういう本格ミステリにしてパズラー色の強いものはレビューしてしまっては野暮の骨頂でもある。感想が書きにくいので、いきおい余って上記のようなどうでもいい身辺雑記など綴ってしまった。申し訳ない。
要は、アームチェア・ディテクティブ(安楽椅子探偵)物なんですね。本格好きの本格好きによる本格好きのための短篇集で、でも殺人はほとんど起こらないから気軽に読める。アシモフ本人はアガサ・クリスティを愛し、そういうものを目指しているが実際の雰囲気はチェスタトン。
謎解きそのものよりもそれに至るまでのブラック・ウィドワーズの面々がくりひろげる薀蓄合戦・推理合戦が見物というか肝だという読み方もある。
また、昨今は執事ブームだけれど、この作品でも執事ならぬ給仕ヘンリーが大活躍で、彼の推理の素晴らしさは言うまでも無く、その立ち居振る舞いの描写を読んでいるだけで萌えられることうけあい。
さらに、本編の後に必ず著者自身のコメントが付いていて、これがアシモフの愛すべきキャラクターを存分に伝えていてニヤニヤしてしまう。ああ、なんて盛りだくさんなんだ!
私のサイトの「名探偵たちの宴」でも「黒後家蜘蛛の会」は取り上げているので、よろしければそちらもごらんください。
ここで書名を挙げることは控えるけれど某作品を読み始めたもののいっこうに面白くならず、でもまあ評価はされている名著だからこれはどうもこちらの受信状態が良くないらしい、ということでいったん伏せ、次になんとなくある著者のエッセイに手を出すもこういうときに散文というのは文字通り(じゃないけど)気が散って散見してしまう感じになってもったいないのでこれも保留。
2冊も保留本を抱えてしまっては感性だけで新しい本を更に購入するのはさすがに躊躇われ、「本の雑誌」今月号に救いを求めるがこれといってアンテナに引っかかるものもなく。
・・・なんのかんのジタバタもがいているうちにまるまる1週間ばかりきちんと作品を読まないままに過ぎてしまった。ちょっとフラストレーションが溜まる。読書というのは読み始めて読み終わる、これでひとつの完成とするものであるから、読みかけて伏せてある、という状態が実は一番厄介で、読み終わってしまえさえすれば忘れるなりうっちゃるなりどうにでもできるのだがいかんせんそれが途中で置いてあるとなるとずううっと意識の片隅に残り続けるのである。
わう。
と思って某書に再挑戦するもやはりつまらん、としか思えない。駄目だ。今は駄目なんだ。
かくて救いの神を手持ち本に求め、
黒後家蜘蛛の会 1 (1) (創元推理文庫 167-1)
posted with amazlet on 08.03.20
アイザック・アシモフ 池 央耿
東京創元社 (1976/12)
売り上げランキング: 37822
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■アイザック・アシモフ
和訳が済んでいるのは5巻(本国ではこの続篇が書かれているんだけれど日本語にはしてもらえないのかなあ)。
まだ最近読んだばっかりという気でいたが調べてみたら前に読んだのは2004年の秋なんだね。
ありがたいことに、謎解きを忘れているものも結構あって、面白い。どんどん読ませてもらっている。が、こういう本格ミステリにしてパズラー色の強いものはレビューしてしまっては野暮の骨頂でもある。感想が書きにくいので、いきおい余って上記のようなどうでもいい身辺雑記など綴ってしまった。申し訳ない。
要は、アームチェア・ディテクティブ(安楽椅子探偵)物なんですね。本格好きの本格好きによる本格好きのための短篇集で、でも殺人はほとんど起こらないから気軽に読める。アシモフ本人はアガサ・クリスティを愛し、そういうものを目指しているが実際の雰囲気はチェスタトン。
謎解きそのものよりもそれに至るまでのブラック・ウィドワーズの面々がくりひろげる薀蓄合戦・推理合戦が見物というか肝だという読み方もある。
また、昨今は執事ブームだけれど、この作品でも執事ならぬ給仕ヘンリーが大活躍で、彼の推理の素晴らしさは言うまでも無く、その立ち居振る舞いの描写を読んでいるだけで萌えられることうけあい。
さらに、本編の後に必ず著者自身のコメントが付いていて、これがアシモフの愛すべきキャラクターを存分に伝えていてニヤニヤしてしまう。ああ、なんて盛りだくさんなんだ!
私のサイトの「名探偵たちの宴」でも「黒後家蜘蛛の会」は取り上げているので、よろしければそちらもごらんください。
翻訳ミステリー
|HINOKIasunaro| 20080320
10ドルだって大金だ (KAWADE MYSTERY)
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ジャック・リッチー 藤村 裕美 白須 清美 谷崎 由依 好野 理恵
河出書房新社 (2006/10/13)
売り上げランキング: 101758
河出書房新社 (2006/10/13)
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■ジャック・リッチー
これも気になりつつ頭がライトなミステリーから離れてしまっていたので保留にしていた作家さん、『ダイヤルAを回せ』にかなり興味をひきつけられたが順番としてはこちらが先だし、これも出版当時話題になってたし。というわけで。
最初の話を読んでみて、びっくり。もっとブラックなのかと予想していたのだが予想外に暖かいほのぼのを感じさせる作風なのね。続けて読んでいってその意を強くした。ユーモラスでコメディの風味も強くて、面白い。オチに意外性もあって、どんどん次の話を読みたくなる。うーん、これは良いなあ。もちろん「これはあんまり好きじゃないな」というのもいくつかあるんだけど、短篇集のいいところは長短入り混じって補完が利くところ。
本書には14のお話が収録されているが、中にはシリーズものも混じっている。なお、これより更に前の2005年に『クライム・マシン』という著作集が晶文社から出ていて、あの「このミス」海外部門第一位に輝いているのだそうだ。へえー。知らなかったわ。「このミス」買わないからなあ(^ ^;)。
強烈に強引に凄いというよりは、地味だけど良いものは良いんだよなあと再認識させるというか、そういうミステリ好きの根っこにほんわかとのっかってくるような味があるものね。
私が特に好きだなと思った作品は「世界の片隅で」「誰も教えてくれない」「殺人の環」。ヘンリー・ターンバックル・シリーズはどれも面白いけれど。なんか、クリスティとかあのへんの、ミステリーの典型をユーモラスにパロった感じがおかしくて、ファン心をくすぐるんだろうなあ。
それにしてもこの河出書房新社のKAWADE MYSTERYシリーズは装丁を和田誠が手掛けておられるんだけれどカバーイラストはもちろん、これをはがした本体のイラストが楽しい。まだ2作を見ただけなんだけど、明らかに本編の内容を踏まえてシンボルマークのフクロウ氏がいろいろ奮闘(?)しているところを描いてあるのだ。ホゥホゥ(すみません)。
ああ、他の作品のカバー下も見たいよう。これじゃあ河出書房新社の思う壺だー。
翻訳ミステリー
|HINOKIasunaro| 20080211























