おそろし 三島屋変調百物語事始
おそろし  三島屋変調百物語事始
宮部 みゆき
角川グループパブリッシング
売り上げランキング: 118

■宮部みゆき
待ってましたッ、の宮部みゆき時代モノである。
発売日目にするなり購入していたのだが物理的に重たい本なので通勤に持っていくには気がのらず、しばらく本棚に置いてあった。休日、読み始めると離せなくなり、たちまち夢中になって読みふけりあっというまにラストまで。
おそるべし、宮部みゆきの筆力。

とにかくもう上手いんだよなああ。
彼女が紡ぎだすひとびとの表情、やりとり、その場の空気。ひとつひとつが美味しくて、心地よくて、読み流すのが惜しくて何箇所か何度かなぞりなおしたりして堪能しつつその江戸物語に浸ったわけだが、いやあ、面白かった、素晴らしかった。

人情もので、こころを揺さぶるような悲しい、つらいことも書いてある、でも宮部さんの書くものが泣かせるのはその悲劇ではなくて、それをとりまくひとびとの心根のやさしさ、あったかさが身に染み入るからで、わたしは本書を読みながら何度か目頭をおさえた。最終話などはぽろぽろ涙が流れ落ちてくるので本をいったん伏せ、涙を手の甲でぬぐってからでないと読み進めなかった。

宮部さんは現代ミステリー、社会派小説、ファンタジー、SF、といろいろなジャンルの小説を書かれているが一貫して言えるのは彼女が描く人間の確かさと著者の視線のあたたかさだと思う。
この「おそろし」」は帯に”宮部みゆきの『百物語』、ここに始まる!”とあるように、怪異を扱った小説でもある。しかし、書かれるのは物の怪や妖のことではない。人間というものの善悪は一面では決して語られるものではなくて、時には愚かなこと、おぞましくおそろしいこともしてしまうが、けれどもそれがそのひとのすべてではないし、誰かにあたたかさを与えることができるのもまた同じ人間である――とわたしがまとめると酷く陳腐なことになってしまうのだが、……。

ようするに、そういう、人間というわけのわからないもの、言葉でまとめようとするとどうしてもステレオタイプなシロモノになってしまいがちなこと、そういうものを想像の斜め上をいく上手さで書いてあるのがこのお話だ!(なんという投げやりな)。

5つのお話に分かれているが、連作で長篇として書かれているので順番に読まれたい。タイトルは「おそろし」だしほわほわハッピーな話では決してないのだがその心は「あたたかし」であることは請合う。
いちおう、ミステリーというか謎があるし、何が起こったのかも順番に知っていったほうが絶対に良いので詳しい内容については触れない。いわゆる怪談めいたことも書かれているけれども怖がらせることが目的ではないのでむしろしんみりしたりいろいろ考えさせられる話ばかりだ。

この巻だけでそれなりにお話は纏まっているが「百物語」とあるんだからまだまだ続くんでしょうなあ、百話は無理にしてもまあ、これで終わりってことはないんでしょうなあ〜?
次もあると思うと(あってください)本当に嬉しく、待ち遠しい。
もっと元気になった主人公のしあわせな笑顔を、沢山たくさん見せてもらいたい。

大衆小説 |HINOKIasunaro| 20080818
ララピポ
ララピポ (幻冬舎文庫 お 13-2)
奥田 英朗
幻冬舎
売り上げランキング: 258

■奥田英朗
これは間違ったな、という本だった。

いや世間的に評価が低いわけじゃ決してないし天下の北上次郎も誉めていた(と思う)。
わたしも奥田英朗の小説のほかのいくつかを読んでいて上手いと思うし嫌いじゃないしエッセイなんかはすごく面白くて大好きだ。
ただ奥田さんの小説っていろんなタイプのが書かれているので、ひとつを読んで他もわかった、ということができない作家さんのひとりなわけで。

これも文章とかは全然悪くない。
ただ、テーマがわたしの趣味からどーんと離れた場所にあるものというかむしろなにが面白いんだという感じのものだったので。
いくつかの連作短篇集になっていて、第一話を途中まで読んで「なんじゃこりゃ」と思って解説を探したけど解説は無くて。
とりあえず第一話を最後まで読んだけど「なんじゃこりゃ」を覆すような理由もなにも書かれてなくて。
最初の話がこういう話なだけかな、と思って第二話を読んだらそれも「なんじゃこりゃ」な話だった。えええええ、と思ってその後のページをぱらぱらぱらーと見たら全篇これ「なんじゃこりゃ」であることがほぼ予想できて。
ちなみに第一話は電車内で読み、第二話は某マク○ナルド内で読んだんだが。
暑いしカバンは重いし頭はなんだかガンガンするし、これ以上この「なんじゃこりゃ」な物体を持ち歩き家に持って帰るのがなんだかとってもユーウツというかイヤだなあ……という気持ちがこみ上げてきて。
絶対良くない行為であることは重々承知しているのだけれど。


捨てて帰ってきてしまいました。ごめんなさい。

帰ってからネットで評判を調べたらこういうのは軽く愉しんで後になんにも残らないね〜と笑えるひとは笑える小説、らしい。
わたしは気持ち悪いだけだった、というかなんのためにこういう話が書かれたのかがわからんわあ。

大衆小説 |HINOKIasunaro| 20080811
蛇行する川のほとり
蛇行する川のほとり (中公文庫 お 70-1)
恩田 陸
中央公論新社
売り上げランキング: 12867

■恩田陸
莓のショートケーキ。
この小説を喩えていうならそんな感じだ。
単にお腹を満たすためだけのエネルギー補給や健康的に栄養を摂取せんがための食事ならば違うものを選べばいい。だがわたしは時々無性に食べたくなるのだ――単価もカロリーも高めで、別に食べなくとも全然困らないむしろダイエット的見地からは我慢した方がベターなその、甘ったるくも美しいふんわりとしたお菓子を。
だからこの小説を読んでリアリティが、必然性が、などとのたまうのは愚の骨頂であるとわかってはいる。いかに甘く、いかに美しく、儚くも輝かしい夢のような世界が構築されているかを堪能し、ゆったりとその空気にひたることこそがこのような小説の愉しみ方なのだから。
恩田陸という作家はいってみれば極上のケーキ職人・パティシエールであり、ジャンルを越えたさまざまな形でわたしを幻想の世界へ連れていってくれるが、この作品は中でも特に甘みを意識してつくられたものだ。一昔前に尾崎翠がいたように、現代には恩田陸がいてくれる。これは、そんな彼女ならではの少女小説(田舎のノスタルジック風)。

純情な高校1年生の主人公、美しくて優秀でみなに憧れられている上級生、中性的でやさしい美少年、刃物のようにとがっている精悍な少年。彼らが、まるで童話に出てくるように美しい川辺の屋敷で夏休みの数日をともに過ごす――完璧だ。そしてその家では昔、未解決の殺人事件があった。

恩田陸はミステリー作家という扱いをされることも多く、この作品もそういう面を兼ねている。バランス面だけでとらえるならばショートケーキの上にのっているほどよい酸味の莓がそれにあたるかと思うのだけれど、それなくしては画竜点睛を欠く――というほどの効果をこの小説においてミステリーが果たしているかどうかは判断が難しいところだ。少女たちの謎めいたささやきなどを裏付ける意味でミステリアスな要素は不可欠だけれども、肝心の事件の中心人物の動機がいささか首をかしげたくなってしまうものだからで、つまりこの小説の疵といえないこともないからだ。

★以下、ネタバレを含みます。未読の方はご注意ください。

文面どおり読み取るとこの母親はまだ幼い自分の娘をわざわざ人殺しに関わらせる(正確にいうと自殺幇助だけど警察に「殺人」と思わせたいがためのトリックだから)けれどもその必然性がどこにあるのか。何故、単なる自殺あるいは失踪ではいけなかったのか。全然わからない。現に娘はそのことをそれ以来ずっと抱え込んで苦しんで生きてこなければならなかった。それだけの負荷を与える、納得できるような説得力をもった理由がちっとも書かれていないのはひどくないか(母が娘に語った理由など理由になっておらん、自己陶酔の寝言・戯言だ)。あえていうなら「それくらいひどい女・悪女であった」ということだが取ってつけたような説明だしそんな設定でもないしなあ。娘が主人公に嘘を云ったという線でも考えてみたのだが、そうすると自動的に出来事の本質も犯人も変わってきて世にも恐ろしい犯罪小説になるのだがこれはそういう作品ではないし、だいたいにおいてそれまでに書かれてきたある人物のキャラクターからしてその言動はあまりにも逸脱し過ぎている。むちゃくちゃ苦しい。
ということは、ということなんだけど。
……うーむ。

装画は酒井駒子。なおこの作品は最初ノベルス3冊に分けて4ヶ月おきに順次出版され、後に単行本1冊にまとめられ、文庫1冊に落ち着いた。
蛇行する川のほとり〈1〉
蛇行する川のほとり〈2〉
蛇行する川のほとり〈3〉

大衆小説 |HINOKIasunaro| 20080625
最悪
最悪 (講談社文庫)
最悪 (講談社文庫)
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奥田 英朗
講談社
売り上げランキング: 4625

■奥田英朗
いまさら。という気がしないでもないけど今頃。
著者第2作にしてベストセラーの出世作を読み損ねたままずるずるきてしまったのでやっぱり読んでおこうと思ったのだけれどそれくらいの動機で読むにはやっぱりこの話は大変だし長かったなあ。奥田英朗なので文章は上手いしするする読めるんだけどなんせタイトルでもわかるように「最悪」な設定の、立場の違う三人のことが順々に書かれていってそれがどういうふうに交差して絡まりあってストーリーとしての頂上を目指すかっていう話なので。
とりあえず半分までは真面目に読んであとはだいたいわかったので流してばーっと読んでみたけど、んでこういう読み方が損なことは百も承知なんだけど、うーん、とりあえず奥田さんなので最終的には救いのある終わり方になっているんで、要は堕ちていった人間が一線を越えたあとのキレてどんぱちもうなるようになれーっ、っていう話を読みたい気分のひとにおすすめ。

なんていうか、外野からみている分には犯罪にまで走るくらいなら腹くくってそこで踏みとどまってればよかったんじゃないとかあるいはそこで止めときゃこんな大事にはならなかったんじゃないとか思えるんだけど実際のそれらのブレーキは外から全体を見ているから云えることであって、実際当事者になってみればそれらの安全弁は本当に些細なことの積み重ねだからちょっとしたことの掛け違いなのだ。だから全然他人事じゃないといえば他人事じゃなくて。そこらへんにいくつも転がっていそうなひとの家庭事情とかそういうのを書くのが巧いのですごくリアル。
最近読んだこのひとのエッセイでこのひとはストーリーとかじゃなくてデティールを書いたり読んだりするのが好きだと書いてあったのでそういう目もあって読んだんだけど、なるほどなあという感じ。ただこのひとの人間観察の細かさとかそのときの視線の向け方は大好きだし愛情があると思うけどほんと、ここまで「最悪」を3パターンも並べて書かれるとやっぱしんどかったっす。でもこんなややこしい設定の話なのにこころのどこかで安心して読めるっていうのは人柄が滲み出ている結果なんだろうな。
もっとこういうのが読みたいっていう気分のときに読めば良かったか。もったいないことしたのかもな。うーん。

大衆小説 |HINOKIasunaro| 20080615
映画篇
映画篇
映画篇
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金城 一紀
集英社
売り上げランキング: 8750

■金城一紀
これも去年の夏に出た本。こないだ発表された第5回「本屋大賞」の第5位にランクインしたこともあり、これとタイトルが似ている『対話篇』を読みそびれたまま好意的な感想が多く寄せられているのを横目に見て「ああ、早めに読んどくべきだったかな……」と思っていたこともあって読んでみることにした。デビュー作『GO』以来のご対面だ。

読みながら、「ああ、こころを素直にして、まっすぐに読まねばならん」と思った。たぶん3回くらい。そんなことをふっと我に返って言い聞かせなければならないような小説は正直他に記憶にない。
なんなんだ、これは。
こう書くとどうしたって揶揄してしまうような響きになってしまうから嫌なのだが、この小説は「純粋で素直なひとが素直に読んで素直に楽しめるために素直に素直にを念頭において書かれた水戸黄門のようなおはなし」である。誓って云うが素直であること、純粋であることを批判する気持ちはさらさら、ない。ただ、この小説を絶賛できるひとたちの善良さにまぶしさを感じ、こういう小説を一歩引いた目で読むことしかできない自分の性格というものを自嘲するだけである。
誤解してもらいたくないので断っておくがわたしだってこういう素直な話は嫌いではない。スタンスが飲み込めて以来、肩の力を抜いてリラックスして読めたし、何よりハッピーエンドは大好きなのだ。ただ、これはクセみたいなもので読みながら想定するでもなくぼんやりと話の展開をアタマの中で持っているらしく、今漂っているそれが想定をはるかに越えたしあわせに満ちた苦渋のない世界であることに気付かされるたびに冒頭の「ああ、こころを素直にして」云々、を内心つぶやくことになったのでそういうのは珍しいなというだけのことである。
でもなにか、ひとつ、違う要素が入っていたらこういうふうに思わなくて済んだんじゃないかなと思うのも事実で、これらの小説はあまりにもハッピーに過ぎる、善意があふれ過ぎている、なにもかもがとんトン拍子にある結論に向かって流れ込んでいく。
これらの小説を読んで泣いたという感想を読む。ああ、己はなんと遠くにきてしまったのかと気が遠くなる。

ここに収められた5つの短篇はいずれも映画に関する物語である。撮るほうではなく、見る側の立場、映画が大好きで、映画って良いなあ、という愛がこれでもかと溢れんばかりに詰め込まれている。有名な映画作品のタイトルがぞろぞろ出てくる。わたしは自分が映画を観ていない人間だということは知っていたがそれをあらためて確認させられた。そしてそんな人間でも観たことがある「ローマの休日」っていうヤツは凄いなあ、と思った。露悪趣味と思われたくないので念のため書いておくがわたしは「ローマの休日」はなんのためらいもなく好きだと言える。

この話を読んで私の好きな歌の歌詞の一節が浮かんだので挙げておきたい。

  駄目な映画を盛り上げるために
  簡単に命が捨てられていく
  違う 僕らが見ていたいのは
  希望に満ちた光だ
                
                           ――桜井和寿/Mr.Children"HERO"

大衆小説 |HINOKIasunaro| 20080517
三色パンダは今日も不機嫌
三色パンダは今日も不機嫌
葉村亮介
ランダムハウス講談社
売り上げランキング: 260502

■葉村亮介
本屋に行ったらパンダの顔があった。
およ、と思わず目をやったら帯を書いているのが高橋源一郎と大森望。うーん「SIGHT」の組み合わせだなあ。ちなみに高橋氏のコメントは「だまされた、と思って、最後まで読んでください。」云々、とある。こういう文句が帯にあって読むとまあ大概本当に騙されるんだがまあそれはもうしようがないというかね。手に取ってぱらりと中身を確かめた。まあー字が少ない(笑)。この表紙といい、児童書みたいなノリだなあ、気軽に読めそう。それに、パンダが「うるせえな」「話にならねえな」「おい、羽村。ドレッシングがねえじゃねえかよ」などと江戸っ子なタンカをきっているのがちらちら目に付く。そこはかとなく萌えを感じる。どうやらツボなようだ。

というわけで買って読んでみた。
やっぱ騙された(爆)。
……いやー、別に悪くはないんですよ?
ただ良くもないだけ。

高橋氏はともかく大森望が「大人のための『パンダコパンダ』」とか書くからにはもうちょっと何か……山葵が利いている感じが味わえるのかなーって思ってた、んだけど。
たらたらとお話が続いていって、まあ現代の童話っぽくも読める、上っ面な会話や何かで何かを揶揄してるように掠ったりもするんだけど踏み込みはしない、という非常にリアリティのない人間関係がつらつらと続いて、まあこれはそういうふうな雰囲気小説なのかなあと思っていたらある程度仕掛けがあって、最後のほうでそれがわかる仕組みになっていたりもするんだけど、ああそうかい。それでだからどうしたっていうんだ、という感じで、つまり仕組みのための仕組みというか、仕組みのための設定でしかないというか、それでなにかの効果が生まれたり新たな視点が生じたり感慨が生まれたりするものでは全然ない。しかも全然驚けない。
エンタメしたいのか文学したいのかミステリしたいのかよくわからん。とりあえずどれも上滑りしてしまっているような気がする。いろんな方面の本を読んでいる著者なのかな、と思うけどそのいずれにも色気を出しすぎてしまったんじゃないのかなあ。どれかに集中すりゃよかったのに。

第1回ランダムハウス講談社新人賞優秀賞受賞作だそうだ。著者は引きこもり経験者だそうだ。
どうでもいいけどこの話に出てくるキャラは運動量が少なく、食事量が異常に多い。それも伏線の一種と解釈してもいいんだけど、うーん。どうなのかなあ。
パンダの出てくる話が好きだ・パンダが出てくる話はとりあえずコンプリートしたいという読者の方には楽しい本かも知れない。

大衆小説 |HINOKIasunaro| 20080419
花まんま
花まんま (文春文庫 し 43-2)
朱川 湊人
文藝春秋
売り上げランキング: 142076

■朱川湊人
2005年第133回直木賞受賞作。そのときに知って、なんとなく好きそうだと思って文庫化を待っていたもの。単行本の和やかな雰囲気のイラストも悪くなかったけど文庫の表紙可愛いなあ〜。松尾たいこさんの描くひとって目が印象的で、色づかいがほんとに鮮やか。

本書には「トカビの夜」「妖精生物」「摩訶不思議」「花まんま」「送りん婆」「凍蝶」の6つの不思議が収録されている。
いちおうカテゴリーはホラーの作家さんだけどこういうのは読めるし好きだ。怖がらせようとして書かれた話じゃないからね。霊とか変な生き物とか生まれ変わりとかいう非科学的な現象が扱われているのでそういうものはハナから全否定、というひとは読めないかも知れないがこれはフィクションだから。

昭和40年前後の大阪の下町が舞台の話ばかりだが、郷愁のようなものを感じるのは同じ世代・同じ郷里を持つ読者にだけではない、というのは解説の重松清さんも書いておられるとおりだろう。それはおそらくこれらの作品には日本的なもの、家族的なものの根本みたいな普遍的なエッセンスがふんだんに盛り込まれているからだ。

ただ、100%好きだ、と言い切らせないものがあるのはあまりにも泣かせ方向に仕組まれているような感じがしてしまうというか、環境設定・状況設定だけで既に「悲」なので、クライマックスに向けて涙が滲むような展開になるのだけれど「そりゃ泣くわな」みたいな醒めた思いが胸の内のどこかに沸いてしまうというか。できればそういうひっかかりナシに心おきなく泣かせていただきたいのだ(そりゃ読み手の性格に問題があるんじゃないの、というツッコミは当然あるだろうが上記の希望を叶えてくれる作家さんは何人もいる)。
状況設定がわかれば結論まで読めてしまう様式美的な話が多い(デティールは良いけど落としどころが予想通り過ぎて斬新さが無い)のもひとつの作風としてこれはこれで良いんだろうけど、なんかもうひとひねりある方が私好みだっていうのがほんとに細かい注文。

主人公の内面描写とかは本当に上手くてこういう非現実的な素材が素直に心に染み入ってくるのは著者の筆力のなせる技だろう。「トカビの夜」が一番好きかなあ。

大衆小説 |HINOKIasunaro| 20080419
花が咲く頃いた君と
花が咲く頃いた君と
花が咲く頃いた君と
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豊島 ミホ
双葉社
売り上げランキング: 71915

■豊島ミホ
あー綺麗なタイトルだ……。
桜の花の描かれたぽわんとした印象の装丁でくるまれた本書は4つの、ちょっと苦しくて切なくて美しい少女たちの物語が収められている。ほんっと、上手くなったなあ。

「サマバケ96」
中学3年生のまだ恋に目覚めず同性の友情が生活の中心になっているっていうあの感じがすごくうまい。こういう、地味だけどお勉強はできるちょっと世間をナナメにすかしているでも大人しい少女、って豊島さんご本人のイメージに近い。それだけにリアル。

「コスモスと逃亡者」
『日傘のおにいさん』系の話というか……。主人公の女の子の言動と心の中と、相手の男の言動とを俯瞰して読む立場の読者ならではの味わいがあって、すごく切なくて苦しくて、でも愛おしい感じが溢れていて良い。

「椿の葉に雪の積もる音がする」
★★★★★、と付けたくなった。いまどきは珍しいカタチなんじゃないかと思うけど、両親と弟とおじいちゃんで暮らしている中学2年生の女の子の話。ひとつひとつの展開が、ちょっとした台詞が、すべてが上手いなあ……と唸らせられた。電車の中で読んだので、感情を抑えるのに苦労したよ。
椿の使い方がとっても効果的。

「僕と桜と五つの春」
これは少年視点なんだけど、主人公のキャラは通じるものがあるかな。彼の恋した少女はとっても美しくて尖っていて、少年の愛する、廃屋跡にひっそりと咲いている桜のように見えた――。
それにしてもこの名前でこのキャラ設定だとどうしても現実のアイドルのあの御方の顔を思い浮かべてしまうなぁ(笑)。

大衆小説 |HINOKIasunaro| 20080406
三面記事小説
三面記事小説
三面記事小説
posted with amazlet on 08.03.29
角田 光代
文芸春秋 (2007/09)
売り上げランキング: 82774

■角田光代
角田の光っちゃんはいずれミステリーを書きたいと思ってるのかなあ。なんかそれへの第一歩というか足がかり的な作品集のようにも読めた。

出版されたとき気になったけど「暗そうだなあ」と敬遠していたのを評判悪くないし読んでみたんだけれどやっぱり……どうしようもなく、暗かった。いや暗いというか……、黒いどろりとしたタールのような毒が読んでいるとじとり、じとり、じとりと胸の中に落ちてきて、これが広がり沁みこんじゃってはたまらんなあ、という気持ちになってだから一気にはとても読めなかった。

6つの、実際の新聞に載ったベタ記事。

その事件を元に、作家が想像と空想と広げて作った6つのフィクション。
表紙は排水溝と長い髪の毛がデザインされているが、まさに排水溝に溜まった長い黒髪のように不愉快で見た瞬間に嫌ぁな気持ちになってしまうような話ばかりである。

巧いとは思うけどね、だけどこういう話はやっぱり私はあんまりにもひどすぎて好きになれないなあ。ハナから倫理観が欠如しているような登場人物も少なくないし。理解とか共感とかしにくい話が多い。6つめの話はほとんど読めなかった、テーマ見ただけで逃げちゃった、重た過ぎるだろう。

転がり落ちていく、どうしてそこまで落ちるまで、――

考えても答えが出る問題ではないのだけれどもどうしても「どこで止まっていたらこうはならなかったのかなあ」などと考えてしまう。そして思わず心中深くため息をつく。
あくまでこれは「創作」だし枚数決まってるし「最初に事件ありき」で書かれているから、っていうのも絶対あると思う、ちょっと強引なまでの堕落があるから現実を引き合いに出すにはちょっと躊躇させるものがあるんだけれど結果が、現実にあるからなあ。

今日も新聞を開けば暗い、信じたくないような事件が載っている。
普通にオモテを歩くことすら怖くなってしまうような事件が続けて起こっている。

だから角田さん、せめて小説上だけでも夢を見させてよ。

大衆小説 |HINOKIasunaro| 20080329
かもめ食堂 【小説版】
かもめ食堂
かもめ食堂
posted with amazlet on 08.01.12
群 ようこ
幻冬舎 (2006/01)
売り上げランキング: 68835

■群ようこ
久々に群さんの小説を読んだ。
この小説は映画のために書き下ろされたもので、たまたま私は映画を先に見てその余韻を引きずったまま本書のページを開いたわけだがほんの数ページ読んだだけで映画の空気とこの小説の空気は別のものである、ということに気付いてちょっと驚いた。根本的な雰囲気が違うのである。微妙な差異だったら逆に気になるかもしれないがここまで別物だと割り切りやすい。

たとえば映画『かもめ食堂』ではいろんなことが曖昧なままで進んでいくがそれは初対面のひとにいきなり「私は実はこうこうこういう理由でここにいるんです」と家庭の事情を話すひとは特殊な場合を除けばほぼ無い、という説得力があるから作品は崩壊しない。でも小説ではそれを書かないと話にならないから書いてある。
映画では想像で補っていた部分が全部具体的に示してあるわけだから、想像と違っていた、というのがあるというのは当然だがそれ以外にも細かい設定や筋が違うところがいくつかある。結果として、よく似ているけれども違うひと、ということになっている。

群さんのエッセイや小説を読むと父親とは縁が薄く、母親と弟が著者に経済的に依存している、という状況が繰り返し描かれているが、本書の登場人物の中にもそれと同様の境遇のひとが出てきて、ああ群さんはこのテーマからまだ逃れ切れていないんだなあという感じだ。家族というのはどうにもならない面があるというか。

ぼかされて、毒気をはぶいた映画を見た後なのできっちり明白に書かれた「現実」は何か必要以上に毒々しく感じられ、いろんなことがストレートに伝わってきた。かもめ食堂の日本人女性三人は三人とも日本を斬り捨て、日本でない場所を選んでやってきたわけだが、でも外国に行ったらそれで変わる、というものではない。
 「どこに住んでいても、どこにいてもその人次第なんですよ。その人がどうするかが問題なんです。しゃんとした人は、どんなところでもしゃんとしていて、だめな人はどこに行ってもだめなんですよ。」
とサチエは言う。
正論だなあと思うと同時にでも厳しい意見だなあとも書き写しながら思った。うーんとでも、「だめな人」は何をしても「だめ」ってんじゃないからね、うん。変わろうと思って、そのきっかけとして「いっちょう外国にでも行って、仕切り直しじゃあ!」というのは否定されてないから。大丈夫だから。って誰に言ってんだ私(笑)。
要は環境や状況によって変えてもらえると思ったらダメだってことだ。
変わるなら自分で変わればいい。
そしてそれは別にどこでだってできることじゃないかと。

これと似たやりとりが映画でもあるんだけれども映画ではここまできつい表現にはなっていない、というのも興味深い。というか、映画ではもうちょっと広く、個人じゃなくて国民性みたいなとらえ方になってたしね。でもこの作品のメッセージってこのへんにあるのかなあ。どうなんだろう。


大衆小説 |HINOKIasunaro| 20080112
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桧あすなろ

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  • 奈良在住



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