空飛ぶ馬  【再読】
空飛ぶ馬 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)
北村 薫
東京創元社
売り上げランキング: 45192

■北村薫
学生時代に先輩から薦められて手にとった北村薫はたちまちお気に入りの作家になった、その読み初めの本書は折にふれ読み返しているがそのたびに「敵わないなぁあ」と大きく心中ため息をつくことになる。
今回も何気なく本棚から引っ張り出して寝転がり、扇風機の風を受けてページを開いたのだがやっぱりそうだった。話のスジがどうこう、ミステリーとしてどうこう以前にこの方の博識ぶりに右ストレート左ストレート、ジャブジャブジャブ、というカタチで打ちのめされてわたしはいつもリングに両手をつく。
「まいりましたぁ」
「勉強し直してまいりますぅう」
と、なるのである。
いったいいつになったらせめて立ったまま応戦できるようになるのだろうか。

            *

落語を愛し古典文学に幼い頃から馴染んでいて文学部で日本文学/国文学を専攻しているがアナトール・フランスやアルベール・ティボーデからすらりと引用できるような学生さん、それが本書をはじまりとする”円紫師匠と私”シリーズの主人公、”私”という人物だ。

このデビュー作で殺人事件が起こらない、だけどしっかり「本格ミステリ」な作品群をものした北村薫がたちまちミステリー界の寵児となったことはいうまでもない。「日常の謎」といえば今では他にも書くひとはいるけれどもそのジャンルを開拓し皆をアッといわせたのはやはりこの方だろう。
主人公や円紫師匠の性格がとても良く、著者のあたたかな視線を感じ、爽やかで気持ちのいい作風である――というのが一般的な北村薫作品への評であったし、わたしも少なくとも初読みのときはそう思った(と思う)。

しかし以前読み返したときにも思ったのだが例えば本書で扱われる作品たちの多くは人間の「負」の部分を書いているのであり、決してにこにこ笑って読める話ではない。
「なんとなくぼんやり記憶にあったのよりも、随分毒気があったんだな」
いつだったか読み返したときそう思い、以来、読み返すたびにその意を強くした。
近年の『盤上の敵』などを読んだときにその「毒」に戸惑ったことを覚えているが、しかし考えてみればその視線の鋭さゆえに見えてしまう人間の弱い面というものはこうしてデビュー作から描かれていたのだ。生真面目な女学生のユーモラスな語り口というオブラートにかぶせて、しっかりと、鮮やかに。

もちろん読んで不愉快になるような作品というわけではなくて、事件を解く円紫師匠のひととしての器の大きさ、その目のやさしさに触れるにつけあたたかい気持ちをいただけたような気がするし、”私”の若く健全な視点には背筋がしゃん、とするような気持ちになる。
主人公が学生なので自然、学生生活が描かれるが、個人的に学生のときに出会ったということもあり懐かしいような、甘酸っぱい思いが蘇るシリーズでもある。

書き手の夢がこの主人公には反映されすぎていて、それがリアルな女学生としてどうか、とい議論は昔からあるが、まぁ、それは、ご愛嬌というものだろう。

なお、出会いという意味ではわたしはこの文庫シリーズで高野文子を知った。以来、大好きな漫画家さんのひとりである。寡作な漫画家さんだが著者のたっての依頼で実現したという裏話をどこかで読んだ。そういう意味でも北村先生にはおおいに感謝している。


和製ミステリー |HINOKIasunaro| 20080818
おそろし 三島屋変調百物語事始
おそろし  三島屋変調百物語事始
宮部 みゆき
角川グループパブリッシング
売り上げランキング: 118

■宮部みゆき
待ってましたッ、の宮部みゆき時代モノである。
発売日目にするなり購入していたのだが物理的に重たい本なので通勤に持っていくには気がのらず、しばらく本棚に置いてあった。休日、読み始めると離せなくなり、たちまち夢中になって読みふけりあっというまにラストまで。
おそるべし、宮部みゆきの筆力。

とにかくもう上手いんだよなああ。
彼女が紡ぎだすひとびとの表情、やりとり、その場の空気。ひとつひとつが美味しくて、心地よくて、読み流すのが惜しくて何箇所か何度かなぞりなおしたりして堪能しつつその江戸物語に浸ったわけだが、いやあ、面白かった、素晴らしかった。

人情もので、こころを揺さぶるような悲しい、つらいことも書いてある、でも宮部さんの書くものが泣かせるのはその悲劇ではなくて、それをとりまくひとびとの心根のやさしさ、あったかさが身に染み入るからで、わたしは本書を読みながら何度か目頭をおさえた。最終話などはぽろぽろ涙が流れ落ちてくるので本をいったん伏せ、涙を手の甲でぬぐってからでないと読み進めなかった。

宮部さんは現代ミステリー、社会派小説、ファンタジー、SF、といろいろなジャンルの小説を書かれているが一貫して言えるのは彼女が描く人間の確かさと著者の視線のあたたかさだと思う。
この「おそろし」」は帯に”宮部みゆきの『百物語』、ここに始まる!”とあるように、怪異を扱った小説でもある。しかし、書かれるのは物の怪や妖のことではない。人間というものの善悪は一面では決して語られるものではなくて、時には愚かなこと、おぞましくおそろしいこともしてしまうが、けれどもそれがそのひとのすべてではないし、誰かにあたたかさを与えることができるのもまた同じ人間である――とわたしがまとめると酷く陳腐なことになってしまうのだが、……。

ようするに、そういう、人間というわけのわからないもの、言葉でまとめようとするとどうしてもステレオタイプなシロモノになってしまいがちなこと、そういうものを想像の斜め上をいく上手さで書いてあるのがこのお話だ!(なんという投げやりな)。

5つのお話に分かれているが、連作で長篇として書かれているので順番に読まれたい。タイトルは「おそろし」だしほわほわハッピーな話では決してないのだがその心は「あたたかし」であることは請合う。
いちおう、ミステリーというか謎があるし、何が起こったのかも順番に知っていったほうが絶対に良いので詳しい内容については触れない。いわゆる怪談めいたことも書かれているけれども怖がらせることが目的ではないのでむしろしんみりしたりいろいろ考えさせられる話ばかりだ。

この巻だけでそれなりにお話は纏まっているが「百物語」とあるんだからまだまだ続くんでしょうなあ、百話は無理にしてもまあ、これで終わりってことはないんでしょうなあ〜?
次もあると思うと(あってください)本当に嬉しく、待ち遠しい。
もっと元気になった主人公のしあわせな笑顔を、沢山たくさん見せてもらいたい。

大衆小説 |HINOKIasunaro| 20080818
バーナム博物館
バーナム博物館 (白水uブックス―海外小説の誘惑)
スティーヴン ミルハウザー
白水社
売り上げランキング: 51741

■スティーヴン・ミルハウザー/翻訳;柴田元幸
10年近く前になるか、わたしが柴田元幸さんを知ってマイブームになった頃で、ポール・オースターなどを読んで翻訳文学がこんなに読みやすい文章になるものだろうか、と目を見開いていた頃に同じ翻訳者の手になるミルハウザーにも手を延ばしたことがあった。『三つの小さな王国』という濃い緑の額の中に鮮やかな白地、その中に不思議な絵があるという美しい装丁に童話のような題名の書籍であったが読んでもなんだかよくわからなかった。ミルハウザーってなんだか難しいなあ、というのが正直な感想で、以来、敬遠してきた。
しかしこのあいだ読んだ『翻訳小説ブックカフェ』で柴田先生がミルハウザーの魅力を語られているのを読んでまたぞろ興味の虫がうずうずしはじめたのである。

本書には表題作をはじめ十の物語が収められている。
正直読み込むのに時間がかかり、文字面をなぞっただけでは文字通り「流れて」しまうような感じで、一言一句頭の中でいちいち映像化しながら進んでいくことで初めてその文章が意味を成す。と同時に、映像化されたその「絵」の美しさ、好ましさに思わずもう一度読み返しすことも一度や二度ではなかった。そしてそのあまりにも細やかな視点の動き、クローズアップしてコマ送りされていくまるでカメラのようなミルハウザーの描写のこだわりぶりに感心したりあきれたり。

この作家の文章を読んでいて知らず思い浮かべてしまったのは百聞は一見に如かず、ということわざである。一見すれば一瞬のことで、ぱっと網膜に焼き付けられること、でもそれを言葉で表わそうとするならば百の言葉でも足りないという。その「百の言葉」でわたしたちの前に絵を描き出そうとしているのがミルハウザーのような気がする、あ、でもこれじゃそれこそ「言葉が足らなく」て、ミルハウザーの文章は所詮一枚の絵に劣るのかということになってしまうのだけれど勿論そうではなくて、そのカメラアイのような精密な描写と視点の動きには当然ミルハウザーの意志が働いているのであり、その意志の目指すところその面白さに好奇心が刺激されたり郷愁の念を呼び起こされたり自分の中のファンタジーが満たされたりするのである。
だから自分の好き嫌いというか興味のあるテーマかどうか、というのが結構影響したような気がする。

「シンバッド第八の航海」
わたしたちは「シンドバッド」で馴染んでいる『千夜一夜物語』の中でも有名なお話で、わたしも子どもの頃児童書で彼の冒険譚には胸を躍らせた。これは七つの原典の続き、パロディーというだけではなくもう少し視野を広げて文学史的な考察なども絡めて入れ子構造のようになっている。面白かった。

「ロバート・ヘレンディーンの発明」
最初ぼうっと読んでいたときは肝心の最初のほうを読み流していてよくわからず2回目落ち着いて読み直したら凄い話が淡々と書かれていたことに気付いてびっくりした。想像力がたくましいというのは小説家なんかにはよくあることなんだろうけれどもそれで人間を造っちゃう、というのが。でも後半の流れはむしろそれを否定して心理学的に判断して読むこともできるわけで、うーんどっちで読むのが正解なんだろうかと迷ったり。

「アリスは、落ちながら」
これはどんぴしゃ。中学生の頃からわたしが好きなテーマを想像をはるかに越えた素晴らしい視点で書いてくださった。ウサギをおいかけて、穴を落ちていくアリス。穴を落ちていくときはどんなふうだったのか? そもそも穴に飛び込んだのはよかったんだろうか? 
そんな疑問をアリス自身が考えたりする。面白い。そして何より、周囲のモノたちの描写、おねえさんのいる原っぱなどの描写が本当に美しくて可愛くて素敵で、ああもう大好きだー!

「青いカーテンの向こうで」
まだ幼い少年の視点で映画館という大人の空間をみたらそれはどういうふうか、という話だと思うけど正直これはあんまりぴんとこなかった。

「探偵ゲーム」
実際にあるゲームをモチーフにしてあって、ゲームの中の人間模様とそのゲームをしているひとびとの人間模様を交互に書いてある。ゲームの中のそれがけっこうメロドラマでどろどろしていてどっちがリアルでどっちがゲームだったか曖昧になってくるような感じ。このゲームは探偵ゲームというけれど推理がどうこう、というよりはトランプゲームと双六を合わせたような感じが近いのかな。

「セピア色の絵葉書」
これも大好き! ふらりと旅に出てふらりと寄った店でふと気まぐれで購入した古びた絵葉書、それが織り成す不思議な事柄。
どこか懐かしいような、わくわくするファンタジーはちょっとしたミステリーをも含んでいて。

「バーナム博物館」
贅沢な面白さ詰めあわせ、という感じのお話で、いろんな不思議なものが展示されているこの博物館に是非行ってみたいと思う。絶対間違いなくあるんです、というんじゃなくて、あるかも知れないし、ないかも知れないけど当館としては誠実に展示しているのであとはご覧になる方が信じられるかどうかです、というスタンスなのがいい。

「クラシック・コミックス#1」
アメリカの漫画ってカラーなんだけれど、ひとの表情とかがカクカクしていて単純すぎてなんだか日本の漫画とはあんまりにも違いすぎる。というのを昔『バットマン』のアメリカン・コミックをちらりと見せてもらったときに思ったものだがそれを思い出したり。
漫画を文章にした、という体裁なので頭の中でそれを漫画にして読んでいったけれどこれを実際に絵に書いたらちょっと不自然になるところも部分的にあるような気がするし、第一お話が繋がらない。「訳者ノート」を読んだらこれは有名な詩を基にしてあるそうで、なるほどその詩を読んでみればよくわかる漫画ではある。

「雨」
これは勝手にホラーとかミステリアスな展開を想像しながら読んでいったのだがこういうラストになるとはね。いやしかし夜の雨というものはこういう妄想を生み出す性質がどこかにある、と思う。

「幻影師、アイゼンハイム」
幻影師というのには馴染みがないので手品師を頭において読んだ。上手い手品をみたときこれはトリックがあるはずのものである、と考えつつもどうしてもわからないから超能力・魔法・なにかこの世ならざるものの力、といったことがふっと頭を過ぎってしまうことがよくあるがこの話はそういう気持ちを上手くお話にしてあると思う。

翻訳小説 |HINOKIasunaro| 20080818
トマトさん
トマトさん (こどものとも傑作集)
田中 清代
福音館書店
売り上げランキング: 9435

■田中清代
このあいだから表紙が気になっていた絵本。

有給であった本日、ぶらりと地元のたまに行く書店に寄って文庫新刊をざっとチェックし、コミックのコーナーに行こうと店内をよぎっているときに児童書の棚をふと見たらこれが表紙みせのかたちでディスプレイされているのが目に入り、思わず足を止めて手にとってしまった。
まぁあこんなところでおあいするなんて!

ぱらりと中をみると表紙から予想していたのよりずっとハートフルな話っぽくて「あらら?」という感じ。でもこれ、いま買わなかったとしても絶対忘れられないタイプの本で、たとえば10年後に「あの本読みたかったなあ」と思ったときにもしかして絶版になってたら絶対後悔するよな。

自分への言い訳を即座に思い浮かべてわたしはそれをつかんだままコミックコーナーに進み、某漫画新刊と共にレジに差し出したのであった。

内容は、ぱら見したときと同様、ハートフル。
じゃあ表紙だけ見ていたときに自分が想像していたのはどういう話だったかというと具体的にはそんなに考えてはいなかったのだけれど……もっと前衛的な、わけのわからん系、みたいな?
――イヤでもこれ、こどもむけの絵本だから実際そりゃないか。

ことばの使い方とか、色使いとか、みんなの表情とかがユニークで。
気持ちよかった。

絵本・児童書 |HINOKIasunaro| 20080811
ララピポ
ララピポ (幻冬舎文庫 お 13-2)
奥田 英朗
幻冬舎
売り上げランキング: 258

■奥田英朗
これは間違ったな、という本だった。

いや世間的に評価が低いわけじゃ決してないし天下の北上次郎も誉めていた(と思う)。
わたしも奥田英朗の小説のほかのいくつかを読んでいて上手いと思うし嫌いじゃないしエッセイなんかはすごく面白くて大好きだ。
ただ奥田さんの小説っていろんなタイプのが書かれているので、ひとつを読んで他もわかった、ということができない作家さんのひとりなわけで。

これも文章とかは全然悪くない。
ただ、テーマがわたしの趣味からどーんと離れた場所にあるものというかむしろなにが面白いんだという感じのものだったので。
いくつかの連作短篇集になっていて、第一話を途中まで読んで「なんじゃこりゃ」と思って解説を探したけど解説は無くて。
とりあえず第一話を最後まで読んだけど「なんじゃこりゃ」を覆すような理由もなにも書かれてなくて。
最初の話がこういう話なだけかな、と思って第二話を読んだらそれも「なんじゃこりゃ」な話だった。えええええ、と思ってその後のページをぱらぱらぱらーと見たら全篇これ「なんじゃこりゃ」であることがほぼ予想できて。
ちなみに第一話は電車内で読み、第二話は某マク○ナルド内で読んだんだが。
暑いしカバンは重いし頭はなんだかガンガンするし、これ以上この「なんじゃこりゃ」な物体を持ち歩き家に持って帰るのがなんだかとってもユーウツというかイヤだなあ……という気持ちがこみ上げてきて。
絶対良くない行為であることは重々承知しているのだけれど。


捨てて帰ってきてしまいました。ごめんなさい。

帰ってからネットで評判を調べたらこういうのは軽く愉しんで後になんにも残らないね〜と笑えるひとは笑える小説、らしい。
わたしは気持ち悪いだけだった、というかなんのためにこういう話が書かれたのかがわからんわあ。

大衆小説 |HINOKIasunaro| 20080811
のだめカンタービレ 21

■二ノ宮知子
前巻あたりからそろそろ終わります、みたいなカウントダウン告知が著者本人からなされているので「どう終わるんだろう」というのが興味の7割以上を占めたような状態で読んでいる。
ちなみにコミックス派ですが雑誌連載でもまだ終わっていない、ぽい(うっかりネタバレを見たくないので詳しいことは全然わからない程度にしか検索していないので)。
前巻は”楽しいねーらぶらぶだねー”という感じだったがこの巻はまた音楽の荒波がきてる感じ?

主役側にのだめがいるからどうしても彼女を贔屓して見ちゃいがちなんだけどそれでものだめというひとは感情移入の難しいキャラで。
そのライバルとして描かれているルイは同じ天才でもその苦悩のしかたとかがなんだかわかりやすくて。

21巻はこのルイの千秋に語った台詞がすごく良かったと思う。二十歳そこそこでここまで自分とそのライバルを冷静に客観視できるって凄いよなあ。

千秋は最初のほうに比べてどんどん乙女化というかセンチメンタルな部分が出てきているような気がする。
千秋とのだめって恋愛漫画の王道の男女スタンスを逆にしたような感じ。

さあ、のだめがどういう男気を見せていくのか、ここまできたら最後まで見届けねば〜。

コミック |HINOKIasunaro| 20080811
フロスト気質
フロスト気質 上 (創元推理文庫 M ウ)
R.D.ウィングフィールド
東京創元社
売り上げランキング: 807

■R・D・ウィングフィールド/翻訳;芹澤恵
「フロスト警部がきましたあああ」
「いえぇえい!」
「『夜のフロスト』が2001年だから実に7年ぶりの新刊ですぅうー」
「イエー! ヒュー! 待ってたぜオヤジぃー!」
「今回も面白かったですねえぇ」
「……まじで面白かった」
「ちょっと今回自分でもびっくりしたんですけど、実際読んでフロスト警部が出てきたときにものすごく嬉しくて。わたしはこんなにフロスト警部のこと好きだったっけ?みたいな」
「まあ、基本下品だからな」
「下品だし整理整頓はなっていないしいろんなものちょろまかすしいわゆる“ヒーロー”ではありえないことをいっぱいする。“事件を解決する”という最終目標を達成することが至上課題な職業だからチャラになるんでしょうがこれが事務職だったりしたらかなりヤバイですよ」
「なにを小さいことをぐちゃぐちゃ言ってるんだ。お前はビル・ウェルズ巡査部長か」
「あ、なんかクリスマス休暇がもらえないってずっとぶちぶち言ってましたね」
「言っとくがジャック・フロストは全世界的に見てもたぶん人気のある御仁だぞ」
「何を根拠に」
「いいか、この帯を見ろ。フロストものは毎年その年末のいずれかの出版社のミステリーベスト海外部門で1位になっているという実績を持っているんだぞ」
「思いっきり日本の話じゃないですか」
「細かいことを気にするんじゃない。マレット署長と呼ぶぞ」
「それを言うならランキングの順位を気にするあなたのほうがよっぽどマレット署長っぽいんじゃないでしょうか」
「うるさい! ジム・キャシディ警部代行って呼ぶぞ」
「げっ」
「ふふふ、嫌だろう」
「――ていうか、キャシディも同じ穴の狢どころかマレットより更に自分の成績ばっか気にしてるヤツですってば」
「ヤな奴だよなー、ある意味犯人よりもむしろこいつのほうが嫌なヤツだった」
「犯人といってもこの小説では例のごとく複数の事件が起こって複数の犯人がいますがやっぱあれのことですか」
「決まってんだろ、小さい子どもの命を盾にするんだから。死んだ子やその親の気持ちになってみろよ。どんな理由があったって誘拐犯は最低だ、人間のするこっちゃねえ。この小説内のそのほかの事件の犯人も殺人とかしてるけど情状酌量の余地があったり、殺されたほうのが悪人だったりするじゃないか、でもあいつに殺された子どもにいったいなんの咎がある?」
「ですよね。動機を読んで思ったんですけどこの犯人はどっかでもう人間性を手放しちゃったとしか思えない、だってなんだか勝ち負けにこだわってる感じがあったりするでしょう」
「ひとの命を駒にするなっての」
「ほんと、人間とは思えませんね。……でも、その非道な犯人よりもキャシディは嫌なヤツだったと?」
「だから『ある意味』、だよ。それにこれは悪さのレベルを言ってるんじゃないよ」
「好き嫌いの問題ですか?」
「ていうか書かれ方がさ。たしかにキャシディは別に犯罪者じゃないよ。人間として間違ってもいないし、ある意味非常に人間的だ。そういう意味では犯人と並べること自体公平を欠くっつうか、次元が違うことは承知だ。けどさ、感情的にこれってそういう役柄のキャラクタだろ? 善悪の基準では別に悪いことはしてないし警察官としても間違ったことはしてない、ただ間抜けの抜け作なくせに自分の能力もわからずにフロストや部下の努力の結果の功績をしゃあしゃあと己が成果として報告する絵に書いたような面の皮の厚さ。……ムカつくヤツとして書かれてんだから、素直にムカついたまでよ。あの犯人はムカつくっていうようなレベルじゃなくてただもう許せないからな」
「まあ、ここまでわかりやすい立身出世主義者はある意味ひとつの“型”として書かれてると思ったほうが正解かもしれませんね。こういう面を持った人間はそこらじゅうにうじゃうじゃいますからフロストに同情しやすいという」
「マレット署長もいままでのシリーズでお馴染みのとおり、小姑みたいに細かい叱責をしたり責任回避したり嫌なヤツなんだけどキャシディに比べたら大人しいし、あんまりわかりやすすぎて最後のほうではなんだか可愛くすら思えてきた」
「かわ……。まぁ、電話かけるところで自分も手伝いにきたところとかは可愛かったですけどね」
「ほとんど役に立ってないけどな。要するに、気が小さいし警察官としての能力もあんまりないけど立ち回りが上手いから出世したってタイプなんだろうな」
「だけど部下が腹括って犯人との交渉に臨もうとしてるときに自分の保身しか考えずに全部フロストに押し付けるような発言するじゃないですか、あれは駄目ですよ、上司の義務、立場ってものがわかってない。なんのために上が居ると思ってるんです!」
「……や、まあ、それは理想っつうか、それわきまえてる上司ばっかりだったら皆苦労しないって」
「そうなんですけどー」

フロスト気質 下 (創元推理文庫 M ウ)
R.D.ウィングフィールド
東京創元社
売り上げランキング: 41719

「ちょっと軌道修正しようか。――ええと、フロスト警部シリーズっていうのは複数の事件が起こってそれを同時に捜査していくいわゆるモジュラー形式のミステリーなんだけど今回もそうで、ざっと拾うと連続幼児刺傷事件、少年誘拐殺人事件、少女誘拐事件、浮浪者の腐乱殺人事件、母子4人殺人事件……とにかくまあ、次から次へと事件が起こるわけで、そのどれかがどっかでリンクしてるのかとかそういう謎も抱きながら読み進んでいく。実際の警察もこんな感じなのか知らないけど、とにかく事件に対して人員が少なすぎる感じで、皆が少しずつ協力し合って取り組んでいかなくちゃいけない」
「そういう状況なのにちょっとフロストが思いついて探りにいって解決の糸口っぽいことを見つけたら『なんで俺に知らせず勝手に行動したんだ、あれは俺の事件だ』とかいちいちしゃしゃり出てきて成果だけもぎ取ってくのがキャシディなんですよね」
「ムカつくだろ? そういうやつがまた普通に出世早かったりするんだろうな。――でも、みてるやつはみてるわけで、例えばフロスト警部は下品でいい加減だけど署の部下たちから会議で好意的に盛り上がられたりして、そういうの読むとなんか嬉しかったりしてな」
「楽しいですよね。場の空気と一緒にこちらも微笑ましくなったりして。事件が殺伐としていて、小さい子が被害にあっているからつらい気持ちでいるだけに、フロスト警部のキャラクターに救われます。あと、部長刑事のリズ・モードも最初はフロストに反発していましたが彼女はちゃんとわかってるひとですね。真面目だし、頑張り屋さんだし、すごく応援したくなりました」
「それにしてもフロスト警部ってほんとヒーロー像から遠いというか、解説の荻原浩さんも書いてらしたけど、ふつうこういうミステリーで主役級のキャラが『実はこういうことでは』って新発想をして行動を起こした場合、それが真相だったり重要なキィ・ポイントだったりすることが多いからこっちは『おぉ、それは凄い』って身を乗り出してんのにあっさり間違いでしたー、ってことが何度かあるんだよな」
「ガクッ、ってなりますよね。カンベンしてくださいよ警部―、って言いたくなる(笑)」
「つまり、いわゆるノリツッコミだ」
「違うと思いますけど」
「だから細かいことは気にするなって。ついでにそういうノリで言っちゃえばマレット署長はツンデレと解釈できないこともないかもしれない……」
「だからそれも違いますって。まぁ、あえてこの話でツンデレを当て嵌めるならリズ・モード部長刑事でしょう」
「そうかあ? あ、もっといいのがいた! ジョー・バートン刑事だっ!」
「ん? うーん、彼がツンデレかどうかはおいといて……バートン刑事は良いですよねー。あの恋心とか、応援したくなっちゃいます。こういう細かなあったかいエピソードがちょこちょこあるのも上手いところですよね」
「うむ。……著者のウィングフィールド氏が既に他界されてしまったのが返すも返すも残念なところだ」
「同感です。未翻訳の作品はあと2作、ですか」
「早く読みたいような、楽しみは長く取っておきたいような」
「……やっぱ素直に早く読みたいです!」

翻訳ミステリー |HINOKIasunaro| 20080809
光車よ、まわれ!
光車よ、まわれ! (fukkan.com)
天沢 退二郎
ブッキング
売り上げランキング: 25461

■天沢退二郎
web本の雑誌”作家の読書道”をなにげなくみたら魚住直子さんの回で、わたしはこのひとの著作を読んだことはないのだがその記事をちらりと見たら『光車よ、回れ!』を採り上げてらっしゃる。これは以前同じコーナーで三浦しをんさんが子どものころ読んだ面白い本として誉めてらっしゃったもので、その不気味な表紙のイラストが児童書の装丁のイメージからはちょっと遠くて気になって検索したのだが当時(2004年7月)は残念無念なことに絶版だった。それが今回魚住さんの回で上がっているのを見るとどうも購入できるっぽい。調べてみたら、2004年8月末にブッキングという出版社から復刻版が出版されていたのだ。ブッキングというのはあの復刊ドットコムで希望が高かったものをふたたび世に出そうという粋なはからいをしてくださる素晴らしい出版社のようだ。おおおおお。
というわけで取り寄せて購入。うひゃー、嬉しい。

この話は小学校高学年の少年少女が水を媒体にして町を乗っ取ろうとしているらしい悪者たちと攻防を繰り広げたたかうのだが、そのときの最強アイテムが「光車」でそれをできるだけ早く探し出して3つ揃えなくちゃ……という話なのだがその過程がすごく面白くて。
子どものときに怖かったこと、不思議だったこと、不気味だったことへのあの感覚がすごく自然に盛り込まれていて懐かしいし、ちょっとおとなびた冒険や自分達の力でなにかを探ったり成し遂げたりするどきどきする気持ち、また町のちょっとした路地の壁の向こうだとか排水口の中だとか干上がった下水用溝の跡だとか、そういったある程度の年齢以上になった者は興味を持っても常識が邪魔をして近づかないようなところが子どもにとっては立派な近道だったり秘密基地への入口だったというあの感覚をそのまんま物語に活かしてくれてあって、正直かなりわくわくしながら楽しんだ。
読みながら、同じではないんだけれども自分が子どもの頃「探検」した近所の溝の脇の細い細い秘密の通り道は面白かったなあだとか、田舎の祖母の家の近所の家と家とのあいだの子どもしか通れないスキマを横向きになって進んで抜け出ると川に出たなあとか、線路高架の下の狭い空き地に網フェンスの破れたところから入り込んで遊んだなあとか、そういうことが記憶の中で刺激されて思い出されてくる。

それにしてもこの物語の主人公たちはまだ小学生なのだけれどリーダー格の少女が姐御肌で仕切っていて、夜に子どもたちだけで電車に乗って図書館に行って調べものをしたり、基地的存在になっている廃工場に集まって作戦会議をしたりする。これの原本が出たのは1973年のことなんだけれど、当時の小学生でこれはわりとあたりまえのことだったのかなあ。親とかに心配されたり叱られたりしてる様子もないし。それとも物語だからこその、ちょっとした背のびをわざと書いてあるのかなあ。
細かいことを言えば驚いて椅子の「上に」立ちあがったりだとか、シチューの鍋を弱火にかけたまま(大家さんに声はかけるけど)出掛けたりするとか、ちょっとひっかかる部分がないわけではないのだけれど、でも中盤以降わくわくする不思議なことやどきどきする冒険がいっぱい出てきてそんなことは吹き飛んでしまった。

仲間の内でも一郎がリーダー格の龍子の性格をヒトコトで表現する部分があるのだけどその端的にして鋭い分析にはおおー、という感じで、全体的に子どもだましのごまかしが無かったように思う。
いいおとなになって初読みしたけれど、すごく面白かった。復刊してくれて感謝感激!

絵本・児童書 |HINOKIasunaro| 20080803
精霊たちの家
精霊たちの家
精霊たちの家
posted with amazlet at 08.08.02
イサベル アジェンデ
国書刊行会
売り上げランキング: 176768

■イサベル・アジェンデ/翻訳;木村榮一
翻訳小説をこよなく愛する友人餡ちゃんが一度ならず絶賛するので気になってアマゾンで検索したら簡単に入手できたがやってきたこれが結構な大物で。本文は400ページ余の2段組でずしりと重く、活字がびっしり詰まっている。
第1章を読んでみたがどうも勝手がわからない。波に乗れない、乗り方がわからないという感じなのだ。緑の髪の毛というのが緑の黒髪ではなくて文字通り緑色の髪の毛のことを指しているらしい、でもそんな髪の色はやっぱりありえないから比喩なんだろうかとか、頻出する指示代名詞「あの」にそりゃこれは回想の物語だからそれで間違っちゃいないんだけどでもだいたいの全体としての書き方が現在進行形だもんでどうしても「その」を予期して読んでしまってどうもいちいち躓いてしまうだとか、そういう瑣末にとらわれて肝心の物語にのめりこめない始末。
ちょっと調べたらラテンアメリカ文学といえばこれ、という『百年の孤独』の世界とこの小説を比して評価する向きもあるらしい。この時点でわたしは『百年』を読んでいなかった。やっぱ先に原点を読んでおくべきなのか。

というわけで『百年』を取り寄せこれも長い小説だったが予想に反して読みやすい内容だったのでがしがしとそれを摂取し、ちょっとだけ波乗りの方法を学べた気がした。そこでエイヤッとばかり気合を入れて改めて最初から本書と向かい合うと第2章からは予想以上に馴染みやすいいわゆる「小説らしい小説」であったので今度は最後まで読み通すことができた。それでもやっぱり普通の2、3倍時間がかかったし、内容もそのくらい濃密で実際3冊くらい読んだような気分だ。読み終えてしばらくは頭の中がぐるぐるして陶然というような精神状態になったがこれはわたしが良書を読み終えたときにしばしば陥るものである。
感想は、と聞かれたらとてもヒトコトではまとめられないがとりあえず「……や、凄かった」となるだろう。

400ページの小説で300ページを越えてからとんでもない展開が待ち受けているのだが、それまでのどちらかというとロマンス色・ファンタジックな要素のある男と女の人生模様小説が『アドルフに告ぐ』『アンネの日記』みたいな話になっていくのである。クーデターが起こって、独裁者が現れ、非人道的な扱いを受ける。まぁ、最初からまったくそういう社会小説的要素がなかったかといえばそうじゃなくて地主と小作人の関係とか富裕層とそうではないひとたちの関係とかそういった地域社会の構造、登場人物たちそれぞれの考えかたや言動の違いなども丁寧に書かれていて著者の略歴などを慮るに何かしらのメッセージを受けずにそれらを読み流すことなどできなかったわけだが、それらのことも終盤のあの顛末を読んだうえで辿りなおせばより強くその面があらためて迫ってくるわけで。

ふつう、この小説で300ページ以降に書かれているような内容はそれだけでもう独立した大きなテーマというか、それを主に据えて書かれた小説はたくさんあるわけで、そういう場合他のことも書くとしてもだいたい全体の中盤までにはそういう話に突入しているというパターンしか読んだことがなかったので、「さぁそろそろ大団円に向けてまとめに入るのかな」と思ったところに更なる大波が現れて驚愕してしまった。だけれどもそれ以前の一家の長いありようを経ての波だからこその、という面がやはりあるのも事実である。

この小説ではまず伝説的な妖精のようなローサというたぐいまれな美女が登場し、そして物語はその妹であるクラーラの話で広がりをみせる。継いでその娘ブランカ、孫にあたるアルバと三代の女性を描きながら家、地域、社会情勢などの様子、その変わっていく様などをその涙や熱い血潮の感触とともに伝えてくれるのだが、ここで忘れてはならないのがエステーバン・トゥルエバという男の存在で、この小説はこの人物の「愛を求め続ける人生」の物語でもあるのだ。

なにかといえばすぐに癇癪を起こすし乱暴だしいろんなひとに迷惑をかけるし今だったらとっくに牢屋に放り込まれているようなことを何十回としている非道で迷惑千万危険きわまりない男で、前時代の遺物そのもののような男尊女卑・支配者階級特有の思想の持ち主なのだがしかしわたしはエステーバンの言動に眉を潜めつつも嫌いになれなかった。いやそれどころかこの小説の中で一番心理描写が多いこともあって共感しやすい人物であり、そして彼を思い出して何を感じるかといわれればそれは同情であったりその身の寂しさ・悲しみに対する切なさだったりするのだ。

この小説に出てくる主な女性たちは超自然的な力を持っていたり、独特の感性を持っているなどして風変わりで、彼女らの周りで起こる出来事はまるで美しい物語のようだったりして読みながらわくわくすることがたくさんあった。ローサやクラーラは天女のイメージに近くて、そんな人間離れした女性に本気で恋してしまったエステーバンはあの手この手で愛を得ようともがくのだがどうしても愛されている、求められているという欲求を満足させることができない。娘とも心が通わず、孫を猫かわいがりするも現代っ子で新しい思想を持つ彼女は自分の手を離れどんどんと意に沿わないことをし続ける。でも、そんな彼女が苦境に陥ったときになりふり構わず助けの手を差し伸べるのはやはり他ならぬエステーバンなのである。思えば彼はいつでも彼女たちに手を差し出してきた。けれどもそれを向こうから指を絡めるようにして握り返してもらえることはずっとずっと長い間無かったのだ……。

この物語は祖母の日記を基に、祖父の助けを得た孫娘によって書かれた。
エステーバンが仕合せに生涯を閉じることができたのはその愛をたどるような作業を愛する孫と一緒にできたことが大きかったのではないか。そう思うと、ちょっとほんのりとあたたかくなる。
よかった。

なお、この小説は”愛と精霊の家”というタイトルで映画化されている模様。

愛と精霊の家
愛と精霊の家
posted with amazlet at 08.08.02
パイオニアLDC (2001-02-23)
売り上げランキング: 60149


翻訳小説 |HINOKIasunaro| 20080802
書庫内検索
私

桧あすなろ

  • HN: 桧あすなろ
  • 奈良在住



暦
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -
07月 « 2008/08 » 09月


RSS
ホームページ アフィリエイト レンタルサーバー
FC2ブログ 専門学校
TOP PAGE