■長嶋有
著者と出版社が喧嘩しておたくでは文庫にしないといっているとゆうモンダイの書である。第1回大江健三郎賞受賞作でもある。
どこかで文庫化されるのを待っても良かったがぱらりと見ると面白そうだったので今読みたくなった。
連作短篇集。
タイトルから「夕子ちゃん」は小学生の女の子で、赤いランドセルを背負って田んぼの中や道ならぬ道を「近道」してしまうんだろう、と勝手に想像していたが第一話の話の終わり近くでやっと出てきた夕子ちゃんは定時制に通う高校生だった。おやおやと思ったが塀を乗り越えたりベランダに飛び移ったりする夕子ちゃんはやっぱりイメージどおりの元気で明るいお嬢さんで、ほのぼのとしている。
アンティークショップというよりは古道具屋といいたい感じの「フラココ屋」は駅からだいぶはなれた不便な場所にあってお客さんも買わない常連とかが気軽に入ってくつろげるようなんびりした店構えだ。店長はネットでオークションをはじめたらそちらのほうが忙しくなってしまって、フラココ屋の二階(といってもほぼ倉庫状態)に居候する「僕」はその店番のアルバイトをしている。大家の八木さんは矍鑠とした老人、その孫娘の姉が美大生の朝子さん、妹が夕子ちゃん。
「僕」が何歳かは明記されていないが三十のはじめくらいか。
また「夫以外のひとに恋して出て行った嫁をもつ男」の話かなというのが頭の隅にずっとあったけれどもそういうことを匂わせる具体的な描写はなかったように思う。でもこの「僕」が前はどういう状態で暮らしていたのかというのは徹底的に省かれているのでもしかしたらそうなのかも知れない。とりあえず主人公の具体的な説明を避けたことである種の効果はあったと思う。
瑞枝さんはここを「若くて貧乏なものの止まり木」ともいった。瑞枝さんをふくめた四代目までの住人はそうだったのかもしれない。だが僕は若者というほど若くもないし、実は貧乏でもない。貯金もまだ十分ある。働くのが嫌になってしまっただけだ。働くのだけではない、たとえば広くて暮らしやすい新居を探すことや、部屋を暖めるものを買いにいくことすら。布団に地雷のように埋め込んだアンカに囲まれて、底冷えをやりすごしながら生きている(やり過ごそうとしているのは底冷えだけなのか)。
古道具屋に集まるひとびとの話といえば川上弘美『古道具 中野商店』があるが、『夕子ちゃんの近道』を読んで思ったことは「これがわたしの読みたかった古道具屋さんの話だ」ということだった。川上さんの話になくて長嶋さんの話にあるもの、川上さんの話にあって長嶋さんの話にはないもの。おそらくそれは単純に読み手の趣味の問題である。
純文学
|HINOKIasunaro| 20080614












