乳と卵
乳と卵
乳と卵
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川上 未映子
文藝春秋
売り上げランキング: 16023

■川上未映子
何故今頃という感じなのだが受賞直後は前候補作のタイトルや歌手でもあるという経歴なんかからひどく前衛的な作風でよくわからないのではないかと勝手に思いこんで手に取らず、先般出た『文学賞メッタ斬り!』で大森豊崎両氏がベタ褒めしていたのでちょっと興味をもって地元書店でみてみたら既に版を重ねていたのでそんなら急いて単行本で買わずともよいかと片付けていたのが先日最近出来た小さな書店の棚をみていたらこれが2冊あって、もしかしたら開店準備時仕入れていたりしたのが残っていたらとひょっと奥付を確かめたら内1冊が初版だったのでご縁があったわけである。

本書には関西弁で書かれた受賞作の中篇と標準語で書かれた短篇ひとつが収められている。
読んでみて先の私の思い込みはまったくはずれていたことが判明した。すごくわかりやすいのだ。豊胸手術を受けに上京した姉の話とかいうのは聞いていたので余計そういう思い切った、現代思想的な話を想像していたのだがこれはもう全然そうじゃなくて。登場人物は主人公と、そのたぶんちょっと年齢差のある姉と、姉の娘(思春期)の3人だけで、語り手である主人公については単身東京で何で口を糊しているかとかそういうことすら書かれていないのだがそれにしても彼女とその姉とその姪の心情や表情や腕の上げ下げまでがくっきりと質量と熱量を伴って伝わってくる。

わりとしんどいというか濃ゆい感じの「女」、またそれへの反発、みたいのが織り混ざっているからそのまま我が身のこととしての共感とまではいかないかもしれないが、同性としてその片鱗や近いものはなんとなく抱いたことがあったり知識として与えられたことがあるもの。だからごく自然に吸収できる。たとえばわたしは緑子ほど第二次性徴時に葛藤も嫌悪もなくて、しかし嬉しいかといえばどちらかといえば「面倒なこっちゃのう」という感じで、だけどそういう仕組みになっているんだから仕方ないよなあという感じで折り合いをつけてきたものだがかといって緑子が書物で目にしたようにあるいは保健の授業で習ったようにその変化を素晴らしき喜ばしきこととのみ解釈するなんてことはなかった。

いっけん突飛なことを突如言い出したかのように思われた巻子の胸の話にしたって読み進んでいけばなるほどそれはあなたの思いもわからないではない、としんみりするようなきちんとした紆余曲折があってそれがすごくちゃんと伝わってくるように書かれている。流れるような関西弁の口語体の、でもところどころに見える「リズム合わせ」みたいな修正がこの文章がいかに細やかな気配りでもって推敲されているかを匂わす唯一の跡で、ほんとに自然でそれでいて重ったるくない。

本当に「ああ」と心を揺さぶられたのは緑子が卵を自分にぶつけまくって涙と卵でどろどろになって母にその心情を吐露する場面で、卵をつかんだ彼女がそれを母にぶつけずひたすら己を攻撃したことに痛ましさのようなものを覚え、また卵は鶏の卵であるけれどもこの話をずっと読んできた読者には緑子がいかに月経や自分の中にある卵子という存在に戸惑いこだわり考え続けてきたかを知っているのでとてもそれだけの存在とは思えずただもうそのいたいけさ、いとおしさにぐっと胸が詰まる。そんでもってその娘の行為を受けて母巻子がとった行動がすごいよかったんだよなあ。

やがて大阪に帰る母娘を送っていくときの主人公の言葉も上滑りせずとても心情にかなったものでなんだか「こうありたいなあ」という気がした。このひとは積極的に自分の意見を述べたり感情を顕わにしたりしないのだがだからといって懐手して済ませようとしているわけでは決してなくて姉や姪への愛情があってただもうそっと心を砕いているのだ。
なんの背伸びも難しい理屈もなしでそのまま飲み込める、ああこんな話を書く方だったんだなあ。

「あなたたちの恋愛は瀕死」
こちらはちょっと特殊なというか偏狭気味な思考回路をもった主人公(女)の話で彼女自身も極端だけど彼女が思う他の女像もまたそれはいろんな生き方をするひとびとの中のある一部のありかたでしかない、ということに気付いていないそのなんていうか悲しいというか愚かしい人間の一面を描いてあるんだと思うが例えば綿矢さんとは違ってクールに冷静な視線で書くんじゃなくてなんか同情というか生温い緩やかな観点でとらえられているような感触がある。
結局こういう問題はものすごく個々人の問題なんであって、だけど「他のみんなはどうなんだろう」「他のみんなと一緒でありたい」という、大勢の中で異端であることを極度に恐れる気持ちがこういう女性の苦しみを生むんじゃないかな、と思うんだけどどうだろう。難しいんですけどね感情的なこと心理的な問題だから即そういうふうに割り切れるもんじゃなし。

純文学 |HINOKIasunaro| 20080726
予告殺人
予告殺人 (クリスティー文庫)
アガサ・クリスティー
早川書房
売り上げランキング: 99423

■アガサ・クリスティー/翻訳:田村隆一
イギリスの新聞事情は我が国とは随分違っていて、ごく狭い地域を対象とした小さな新聞社がたくさんあって、紙面には近所の、たとえば3軒隣のおばあさんが家鴨に逃げられた、みたいなゴシップ記事が踊っているらしい。不要物の交換呼びかけの広告なども人気らしく、日本でいえば無料で配られているミニコミ紙・フリーペーパーに近い感覚なのだろうか。もちろんタイムズみたいな全国紙もあるけれどそれは主に上層階級が執事の差し出す銀のお盆から受け取るものみたいなイメージがあって、みんなが本当に読みたかったり情報源としているのは断然地元の噂話が詰まったそれなのだ。
ある日、チッピング・クレグホーンという小さなコミュニティで金曜毎に配られる「チッピング・クレグホーン・ギャゼット」に奇妙な広告が載った。
“殺人お知らせ申し上げます。――”

たとえばこれが我が国の全国紙の広告欄に載ったとしよう――と仮定しかけてたちまちつまずいた、いくらお金を払っての掲載でもこんな内容がそのまま通るわけがない。ちょっと前までなら「冗談だったんです」で通用したかもしれないけど犯罪予告に神経質になっている昨今では発信者はたちまち割り出されて御用となるだろう。むろん、イギリスの田舎町の新聞とてそれは同じことでこのツッコミは作中でも行われているが不幸なことにそれは実際に事件が起こった後警察が顔を顰めているのであり、担当者が文字を文字としてしか扱わず、ごく機械的に事務処理した結果そのまま掲載されてしまったとのこと。
この小説の面白さ及びカナメはこの衝撃的な出だしによるところが大きいと思うのだけれどこうしてみると随分ザルというか、不安定な裏打ちによって無理矢理押し通された設定なんだなあ。「これはなんだ」と担当者がちょっと疑問に思って警察に電話したらすべて泡になるそんな計画を立てた犯人がどうこうというよりそういう小説を書いたクリスティーのつなわたりにウーム。
何故もっとボカした表現にしなかったのか、内容を検閲される恐れのない私信による告知ではいけなかったのか、というよりそれ以前に何故事前通知する必要があったのか?――という疑問は当然わくがしかしそれこそがこの小説の核心にふれる問題なのでここでは触れられないのだ。

まあ、何はともあれ予告は掲載された。
そしてそれが全国紙ではなく地域新聞だったからこそそれを読んだひとびとは皆その通告を受けている家もそこに住んでいるひとも知っていて好奇心を刺激されわらわらと問題の日に問題の家に集まってきたわけである。
これがまた信じがたい事象。これがわたしだったらそんな広告をみてもそこへは行かないどころか避けて通るくらいのものであろうにこの村の幾人かの人々はいそいそとそこへ駆け付けるのである。なんの危機感も抱かずに(探偵ごっこみたいなゲームの一種だと解釈されたためだ)。このへんはミステリー・ツアーが盛んだったりするお国柄もあるのかな。いや、時代の問題か。現代ならこんなのんきさは無いだろう。昔は平和だったのだ。
ともあれ結果的に皆さん、犯人の思惑に見事に応じてしまったわけだ。

そんなこんなで居間にその家の人間と村の人間が集まっている状態の中問題の時間はやってくる。突然電気が消え、乱入してきた男がホールドアップをしろと怒鳴り、懐中電灯であちこち照らした後銃声が2つ、そしてもう1つ。混乱の闇の内に乱入者は事故か自殺かと思われる状況で絶命してしまった。
起こったことそのまんまの事件に過ぎないという意見もあった。人を集め、暗闇で強盗をしようと狙ったのだろうと。また、実際発射された2発がその家の女主人に向けて撃たれた、つまり狙われているのは彼女では、という説もあった。
いったい犯人は何がしたかったんだ。
頭を抱える地元警察のもとにミス・マープルが現れる、そしていろんなひとに話を聞いたり探ったりしていく――という話である。

こういうミステリーはいろいろ書いてあることに惑わされずに実際に起こったことだけに目を向けると真相が見えてくる。
しかしそうとわかっていても――これ以上何かを書くとネタバレをしてしまうので口にチャックをすることにするが――、書き手は見事に騙された。
いろんなタイプのひとが出てきてわあわあ言うというクリスティーお得意の舞台。真相がわかったときに全体の色がわーっと変わるその感覚を味わえるのはやっぱり愉快だ。

翻訳ミステリー |HINOKIasunaro| 20080726
RDG レッドデータガール はじめてのお使い
RDG レッドデータガール  はじめてのお使い (カドカワ銀のさじシリーズ)
荻原 規子
角川グループパブリッシング
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■荻原規子
既刊の有名作品などはもう今更という気がするがめぐりあわせが合ったらこのひとの作品を読んでみたいな、と頭の隅で考えていた荻原さんのファンタジー。先日書店でこの表紙が飛び込んできて新シリーズの第1作、帯などでみれば「最高の物語」とあるし「修験」とか「山伏」とか「生い立ちや家系」などとわたしの好きな「和風」な言葉が踊っていたので。

思った以上に「物語はここからはじまる〜」的な内容から出ていなかった。いちおう1冊でそれなりの一段落があるのかなと思っていたのでここまで序章的内容だったことにやや落胆。そりゃまあいちおう、最初の壁を越すまでは書いてあるんだけど、お話として面白くなるのはむしろ絶対次巻以降でしょう。このお話ではようやく主人公が自分の立場に気付いたところで終わっているんだから。

中学三年生の少女、泉水子(これで「いずみこ」と読む)は世界遺産に登録されているような山奥の神社の宮司の孫娘。両親は健在だがそれぞれ仕事の関係で一緒に住むことは叶わない。
極端な人見知り、お勉強もスポーツも苦手、パソコンなどの機械類とは何故か徹底して相性が悪い。クラスの中でもどちらかというと味噌っかす扱いな内気な女の子だ。
その静かな生活の中に突然現れた父の友人、相楽幸政とその息子・深行が関わってきたときから彼女の人生の歯車は大きく音をたてて動きはじめた……。

幸政と深行がイケメン設定というのがなんとも少女小説らしいというか。平凡な目立たない女の子がある日突然「特別」な存在になる……ってもう、めちゃめちゃ王道だもんね。彼女の場合それがその出自に絡んでいるというのがこのお話の主軸らしいのだが。まあ要は「お姫様と騎士」の物語なんだろう。十代に読んだらもっと素直に萌えていたんだろうなあ。
次も読むかどうかはうーん。

SF・ファンタジー |HINOKIasunaro| 20080721
十五少年漂流記
十五少年漂流記 (新潮文庫)
ジュール・ヴェルヌ 波多野 完治
新潮社
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■ジュール・ヴェルヌ/翻訳:波多野完治
BBSでの交流からこの歳にして初めて読んだ。
十五人の少年が無人島で知恵と勇気でもっていろいろ冒険し力をあわせてがんばる話、という大筋は知っていたが実際読んでみて感心することしきり。
なんて健全で生活能力の高い子どもたちなんだ!!
もし遭難したのがわたしだったら1週間で野たれ死んでいただろう。はらたいらに3千点、だ(古!)。

だって野うさぎとかペンギンとか見たら「かわいいなあ」とか思うのかと思ったらそうじゃなくて「ああ食料がはねているな」「ロウソクが作れるぞ」という感じでみんなきちんと当面必要な分を淡々と殺すし、アザラシが群れていれば「ああこってりした油の原料が寝そべっているな」という目でしか見ていないしちゃんと油を摂る方法も知っているし、もちろんそこで「かわいそうだよ!」などとぬかす似非動物愛護者など誰もいない。ずいぶん小さい子どもたちもいるのだけれど泣いたりぐずったりする者もいない。
だって食べなきゃ死ぬじゃん?
ということでみんなごくごく自然に、あたりまえのこととして対処している。
しかもこの方たち銃を使えるしナイフとかも使いこなせるし、場合によって生け捕りが望ましい動物に対してはそのような技を持ったりもできる。

なんていうか、自然や動物との向かい合い方、そのスタンスをすっごくわきまえているのだ。甘やかすでもなく上から見るでもなく、生きていくうえで対等、みたいな。
そしてここが昨今の痛ましい事件を見ている身からは本当に本来はそうであるはずなんだよな、と痛感させられることなのだが、その武器を仲間うちの諍いに使おうなんてことは誰もハナから考えてもいないのだ。反目しあったり、チクリチクリと言葉の応酬があったり、時には殴りあいに発展することもあるけれどだからといって「ムカつくから刺した」なんていうことは絶対にしてはいけないことだ、ということがちゃんとわかっている。

果物をみて「あれは酒が造れる」とブランデーやなんか嗜んだりなさる。それも子どもが大人ぶって好き勝手に背伸びしているというわけではなさそうで、あくまでも食事にはちょっと必要だよね、という感じなのが。これは文化の差なのか百年前の少年はこんなもんだったのか。
しかも彼らはそのように生きていくために必要な猟や薪取りやあちこちの修繕などをする傍ら、空いた時間や外に出られない雪のシーズンなどは年長者が教え役になって勉強をすることを怠らない。
……頭が下がります。

ヴェルヌはフランス人の作家で、この話で中心となって活躍する少年がフランス人で、そのライバルがイギリス人というのはなんというかわかりやすすぎだなあと思わないでもないが、まあこれは少年向けの話だから。

解説が面白いというか興味深かった。そもそも『十五少年漂流記』というのは昔から日本でもいろんなひとが翻訳を試みてきた作品で、いちばん古くて有名なのは明治29年に森田思軒によって訳されたものなのだが、これがフランス語からではなくて英語に訳されたものをさらに日本語に直したという重訳だったそうなのだ。
でも波多野氏いわくヴェルヌの文章というのは「ダラダラしていて、くりかえしが多く、退屈をさそうもの」だから適度にこなれた文章に直された英文から日本語に直されたものが紹介されたことはプラスであったと。
そしてそんな明治の話だけじゃなくて今この、さっき読み終えたばかりの波多野完治訳のこれも
これは、議会図書館からおくってもらった、マイクロ・フィルムの英訳本と、フランスのアシェット社からでている仏語原本とを参照しつつ、日本文になおしました。ヴェルヌのものは、すでにのべたように『文体』が唯一の欠点だといわれているくらいのものです。ですからわたしは『筋』を生かすことを第一に考えました。
とあるではないか……!

え? てことはこれ、ヴェルヌの原作をそのまま日本語に翻訳したものではないってこと? 波多野さんが英訳を参考にしたりして文章のくどいところとかは削ったりしてかなり手を入れたってことだよね? でもじゃあなんでこの本の解説にもその他どこにもその参考にした英語版の著者の名前が書いてないんだ? それはいいのか? ウーム。

そもそも『十五少年漂流記』を探しに行ったときに創元推理文庫の同著が倍のページ数あるのは何故なんだろうとか考えていたのだけれどこの解説を読むと文章をすっきりさせたことによる影響なのかなあ(フォントの大きさなどは両方同じくらいだった)。エピソードまるまる削るとかそういうことはしていないっぽいけど、創元推理版はどうなっているんだろう。ネットで検索したら角川版も新潮版と同じくらいのページ数なんだよなあ。

また機会があったらいろんな版の『十五少年漂流記』を見比べてみるのも面白いかもしれない。

【私信】
つうさん、オススメありがとうございました! ようやく手を出しましたが読みはじめたら面白くてあっというまでした。彼らと同世代のときに読めていたらもっともっと楽しかっただろうなあ〜。惜しい。


翻訳小説 |HINOKIasunaro| 20080719
3月のライオン   1

■羽海野チカ
『ハチミツとクローバー』は終盤で脱落してしまったがこのひとの書くものが上手いことは重々承知している、だから今年の3月にこの新作が書店に並んだときから「あ」とは思っていた。しばらくしてあちこちで評判が聞こえるようになってきてそのときもどうしよう、と迷ったが結局手を延ばさないままでいるうちに店頭の扱いも小さくなっていった。

そして今頃ふと「やはり、」と購入してきた。とりあえず今までに5回ほど繰り返して読んだ。みんなが知っていることだから今更だけどそれでも書いておくとやっぱり「上手い」。
絵も上手いし話も上手い。台詞回しや表情やそういう細かい事象の積み重ねがすごく自然でこころに響く。

主人公、桐山零は17歳。
プロの将棋士で五段。
その世界のことは全然知らないが中学生で既にプロになっていたということだから天才の付くタイプの少年であることは容易に理解できる。
彼は両親と妹を幼い頃に事故で亡くしている。そしてそれ以後は父の友人でありプロの将棋士であった幸田氏に引き取られて育てられた。
幸田家には4歳上の香子と同い年の歩がいた。彼らにとって零は「父の愛情を奪っていく敵」でありけっして歓迎すべき存在ではなかった。
――このへんの過去の詳細はまだ1巻ということでさわりしか触れられていないが、物語はその彼が独り、川岸のなんにもないマンションの一室で目を覚ますところからはじまっていく。

零がふとしたことから知り合った川本家の三姉妹との交流がとてもあたたかい。小さいモモちゃんはとっても愛くるしいし、中学生のひなたちゃんもとっても明るくて可愛らしいし、長女のあかりは可愛くてきれいでしっかりもので優しい。

それと同じ棋士で同世代の少年、二階堂晴信!
晴信は出て来たときはなんだこいつという感じだったが人柄を知るにつけ高感度が増し、大ファンになってしまった。モデルがモデルだけに彼の行く先が非常に心配なのだが……どうか羽海野さん、二階堂を、二階堂をよろしく。ぜったい元気で長生きさせてくださいね!!

それにしても零はハチクロの真山の髪の毛を黒くしただけという感じもあるが無駄に色気があるなあ(笑)。
真山はキライだったが零は好きだぞ!
いたいたしくていとおしくて、零にもぜったい元気でしあわせに長生きさせたい。んで、その人生にもっともっと笑顔を、爆笑を散りばめさせたい。
もっと笑え、零!

……羽海野さんの書くキャラたちには思わずその幸福を願ってしまうな。

コミック |HINOKIasunaro| 20080719
回送電車
回送電車 (中公文庫 ほ 16-1)
堀江 敏幸
中央公論新社
売り上げランキング: 73039

■堀江敏幸
2001年5月刊の単行本、数年前に堀江さんの著作を読み漁っていた時期に丁度版切れで読めていなかったものがこのたび文庫になっていたので嬉しく読んだ。

このひとの文章を読むといつも自分との年齢差を考えてしまう。老成、という言葉をよく思い浮かべるのだけれど著者は1964年生まれ。しかもこれは7年前に書いた文章だから当時三十代半ば。まぁそんなもんだと思ってしまえばそうかもしれないのだけれどもやはり、うーん、この落ち着き、この知識の累積感(そんな日本語はないが)。
文庫折り返しの略歴をみればそりゃ既知だったけれどもあらためて錚々たる文学賞を総ナメしていて、ほんとに、まあ。という感じでほうっと思わず息をついたりして。

ぐるぐるぐるーりと回って終着点に落ちてくる、そういう文章をこのかたは書くのだけれど比較的初期に書かれた本書に収められたそれらはよりこなれていない、著者のクセが濃く出ている感じがして愉しかった。一番古いもので1996年に初出。56本のエッセイと解説とそれを受けた返歌のような書下ろし追記が収録されている。

義務教育の作文でこういう文章を書いたら朱を入れられるかもしれないし、ましてや簡潔に事実をわかりやすく伝えなければならない職業の人間がこういう文体を使ったら上司から怒鳴りつけられるであろう結論を先送りするような文章が散見される、けれどもそれはとても不思議で心地よい堀江敏幸という人間の思考回路をたどっていくような文字の並びである。
なにげない日常生活のヒトコマも彼のその文章でその思考の渦に巻き込まれている。

「キウイあり益、二百メートル」が最も好き。

エッセイ・対談・ルポ |HINOKIasunaro| 20080719
泳いで帰れ
泳いで帰れ (光文社文庫 お 36-2)
奥田 英朗
光文社
売り上げランキング: 1676

■奥田英朗
 

  ネット裏ではボードが掲げられた。
  《感動をありがとう。長嶋ジャパン》
  出た。ついに出た。感動をありがとう、か。
  わたしは全身の力が抜けた。ものも言う気になれない。この違和感、疎外感。スタンドで一人怒っている自分は、もしかしてエイリアンなのだろうか。
  もしもここに白い横断幕と筆があったら、わたしはこう殴り書きする。
  《泳いで帰れ》


――いきなり引用からはじめてしまったが、上記の文章を読んで反感しか感じない方はこの本はお読みにならないほうが良いだろう。
本書は『野球の国』で野球への並々ならぬ熱い思いをへたれキャラで描くという面白エッセイをものした奥田さんが長嶋ジャパンの野球を観戦しようじゃないかとはるばるアテネまで赴いた、その数日を書いた旅日記である。帯には「紀行文」とあるけどちょっとそういう感じとは違うような気がする。
せっかくのオリンピックなので野球以外にも柔道とかトラック競技とかマラソンとかも観戦しているがいつもの奥田節が面白い。
そもそも奥田さんはオリンピックで興奮、というキャラではないし、それどころか海外旅行にも消極的な今日この頃、といったありかたであったらしいのだが何気なくその場で思いついて喋った企画に編集者がノってしまったことからこのお仕事は生まれたとのこと。
ちょっと斜に構えたスタンスで応援しにいった氏が選手の競技の素晴らしさについつい興奮し、素直に感動しているのが興味深く、やはりオリンピックを生で見るというのは違うんだろうなあ、などと拝察する。

それにしても「暑い」。
とりあえずアテネのオリンピック野外会場はスタンドに屋根がないところが多かったらしく、直射日光が遠慮ナシに照りつけ水分を奪っていく……という環境であったそうだ。
読みながらちょっと疑問に感じたのだが奥田さんは何故帽子を買うとかタオルをバンダナ代わりに巻くなどの対策を取られなかったのだろう、それともそういう描写はひとつもなかったがそんなことはあたりまえになされていて書くまでもないと判断されたのかなあ。

読む前にこのタイトルを見たときは奥田さんが自分に向けて自虐的にジョークで付けたのかと想像していたのだが読んでいくと冒頭に上げたシーンがあって「ああ、こういう流れで出て来た台詞だったのか」とちょっとびっくりした。
すごい。
あの長嶋ジャパンを真正面から批判してるよ。
奥田さんはきちんと自分の主義を貫いて、自分の好きな野球、観たい野球とはどういうものであって、長嶋ジャパンの何が気に食わなかったかもちゃんと書いてあるのでどうか冒頭の引用部分だけをもって氏を嫌いになったりしないでいただきたいのだが、わたしは例えばこういう素直な自分の感情でもって喋ってくれるようなキャスターの語りでオリンピックを観てみたい。
オリンピックのたびに異常に盛り上がり急にナショナリストの集まりみたいになる我が国の特にマスコミの熱狂的な騒ぎぶりの中で違和感を覚えたことがあるという方ならこのエッセイは頷くところが多いのではないだろうか。

あと、『港町食堂』の感想のときに「ほっほっほ」と笑う奥田さんに『スラムダンク』の安西先生を思い出したと書いたが、本書で氏が『スラムダンク』に触れるシーンがあったのでもしかして誰かに言われたのかなとか妄想してしまった。ちなみに世代が違いすぎて読む気にすらならないとのこと。おやそうですか。もったいない。お読みになればいいのに、って要らぬおせっかいですわな。

オリンピックということでいろんな国のひとが集まってくるのでそれに対するやや感情的なコメントも本書ではたびたび見受けられるがそれを読むたびにまあなんて取り繕わないお方だろうかとこっちが勝手にひやひや。でもナマの感想ってそんなものかもしれない。またそうじゃなければ面白いエッセイなんか書けないのかもしれない。

それにしても知らなかったけれど先に決まっていたこの仕事の旅行とスケジュールが重なってしまったために奥田英朗は直木賞授賞式を欠席せざるを得なかったそうだ。このエッセイ中でも恐縮していた。そういうこともあるんだなあ。

エッセイ・対談・ルポ |HINOKIasunaro| 20080712
百年の孤独
百年の孤独 (Obra de Garc〓a M〓rquez (1967))
ガブリエル ガルシア=マルケス
新潮社
売り上げランキング: 3402

◆G・ガルシア=マルケス/翻訳:鼓直
「やー、ついに読みましたよ凄かったですよ。」
「びっくりしたなあ、こんな破天荒でおもしろい話だったのか!」
「ねぇ。その圧倒的な存在はびしばしと感じていたものの、堅苦しそう、難しそう、暗そうというイメージだけを根拠にどんな話か調べようという気にすらなったことのなかった作品でしたが、読みはじめて数ページでびっくり。」
「題名『百年の孤独』でしょ? 積年の恨みはらさでおくべきかぁ、って感じでしょ? しかもノーベル賞受賞作で長年読み続けられている名作だもん、さぞかし重厚なご大層な純文学なんだろうと思うじゃない。」
「それがこーんなばりばりのエンタメ、しかもファンタジー色のあるフィクション続出で。巻頭の同じ名前がいっぱいある家系図みて(うあ、きたよ一族の歴史!)なんて悲壮な覚悟で読みはじめたらのっけから磁石で家の釘が抜けたとか魔法の絨毯が飛んだとか本当にあったこととしてしゃらっと書かれているんですから、」
「あれで目が醒めた。」

「肩の力が抜けましたね。ひょっとしてこれって深刻な話じゃなくて面白い話、ホントには起こりえないような不思議も入り混じった“物語”として読めばいいんじゃない? って。」
「さすがコロンビア、ラテンの国。これが国民文学として親しまれてるっていうんだから楽しい。」
「ロシア文学なんかと対照的ですよね、」
「内容というか出てくる男女もいろんな意味でラテンって感じだったし。」
「変なひとというか極端な性格してるひとが多いですよね。」
「激情型とか情熱型とか、とりあえず日本文学とはキャラが違う。色欲魔続出するし。」
「色欲魔っていうと変態みたいですけど。『貪欲な下腹』が続出するんですよね。そういう欲求が強くてまたそれをあんまり自制しようともしないっていう。たんなるひとつのエピソードかと思いきやけっこうしつこく色方面の濃さが書かれているんでちょっとびっくりしました。」
「うん、まあこれはネタバレだけどその色欲の強さゆえに最終的には滅びに至るわけだからそりゃ重要なファクターなわけだ。」
「男の人だけじゃなくて女の人も、それもひとりやふたりじゃなくて激しい欲情をもっているというね。これはラテンがそうだというわけじゃなくこの一族の特筆すべき特徴として読むのが正しいんでしょうが」
「解説によればこの作家の書くものの特徴でもあるらしいな。」
「みたいですね。そうそう、解説といえば梨木香歩さんが書かれていたのは嬉しい驚きでしたー。」
「意外なようで実は近いというか、『家守綺譚』『沼地のある森を抜けて』とかに繋がっていくものを感じるよな。」
「家族の血とか、不思議な現象とか、人間の力とか。共通するものを感じますね。」

「さっき家系図のことに触れたけどこの物語では同じ名前がどんどん継がれていくこと自体もなんか舞台装置として面白い効果を上げてるような気がするな。」
「ああ、なんだかいつまでも同じ人間の血が生き続けているような錯覚というか、」
「実際にいつまでたっても死なない女のひとも出てきたけどな。」
「ウルスラとピラル・テルネラでしょ? ウルスラは享年何歳か不明だけどある時点で既に115歳から122歳の間とされていて、ピラルもある時点で145歳、それ以上は数えるのをやめちゃってる(笑)から、ふたりとも約150年くらいい生きてたことになります。んな莫迦な、というツッコミはこの話には通用しない。」
「ウルスラさんが長いこと生きてるおかげで物語の主軸がすっきりわかって助かったかな。」
「ふつう、こういう一族の歴史を書いていったら世代交代していきますし現にこの話でも男性側はそうなってるんですけどウルスラは最初から最後のほうまでかなり長い間ずっとお元気です。」
「たまに時系列崩して先の話ざっとしたり前の話の詳細語ったりすることがあるんだけどウルスラさんがいるから安心、みたいな。――ウルスラさん死後って“宇治十帖”みたいな雰囲気ちょっと感じなかった?」
「源氏物語ですね。ええと実は不勉強で読んだことがなくて大雑把なことしか知らなくてですね・・・・・・、」
「実は私も『あさきゆめみし』しか読んだことがない。」
「………………。」

あさきゆめみし―源氏物語 (12) (講談社コミックスミミ (389巻))
大和 和紀
講談社
売り上げランキング: 258275


「あれは大和和紀の名作だぞ。ま、それはさておき。アマランタ・ウルスラが夫と一緒に故郷に帰ってくるんだけど、そのときの服装の描写が“文明国からきましたっ”って感じじゃない、しかも『軽やかな風に吹かれ』てさ。急に西洋小説の空気がやってきた。そのシーン読んだときにすっごい時代の流れを感じたというか、いかにマコンドが“閉じた”世界なのかというのを痛感したんだよ。」
「この物語の中でもっとも現代的でもっとも華やかで明るいイメージの彼女の再登場は本当に颯爽としていますよね。その彼女があのような宿命を負っているとは……という感じなんですが。」
「巧いよなあ。この話ってなんていうか全体的に書き方がしっかりしてるよね。」
「そうですね。破天荒なストーリーだけど、プロットはすごくきっちり組んであるんだと思います。同じ名前のひとがたくさん出てきてもどれが誰のことかエピソードなんかで自然に個性が掴めるようにしてあるから惑わないようになっているのが凄い。」
「そう、血の繋がりがあるからさっき云ったように継続性も感じるし性格も引き継いだりしてるんだけどそれぞれに印象的な出来事があるんで個々を間違えたりはしないで済むんだよな。」
「極端な性格・言動のひとばかりなので我が身のことのように感じるっていうのはあんまりないかと思うんですが物語の登場人物としては面白いっていうかそれぞれほんとに極端なんですよね。」
「ものすごい色欲が出てくる一方で何故か最終的に男性を絶対に受け入れない女の人が出てきたり、何かに邁進して家計が崩壊するような男が出てくる一方でしきたりやルールを曲げない女が出てきたりする。さっきも云ったいつまでも死なない女がいるかと思えば死んでからもずっとその場に居続ける男がいる。」
「幽霊っていう言葉は頑として使わないのかなと思いましたが。」
「使われてなかったような気がするな。」
「見えるもの、見えないものの境界が非常に物語的だったのも面白かったですね。生きているのに兵隊には見えなくて……なんてシーンもありましたし。」

「そういえば目にしたけれど証人がひとりしかいなくて、夢として処理されて歴史からも抹消されてしまうバナナ会社のあの虐殺事件はぞっとしたな。」
「ナチスのホロコーストを思い出しました。教科書にも嘘の方が乗っちゃって目撃談を家族の誰にも信じてもらえないのとか淡々と書いてあるけどすごく怖い話で、実際に過去の歴史の中にありそうで。」
「そういう根本的に不変な事象というか人間のあり方みたいなのが説得力をもって書かれているから単にクレイジーな一族の変な話で終わらず多くのひとに読まれるのかもしれない。」
「たしかに、変なひとや出来事が多く書かれているにも関わらず地に足が着いている感じがあるんですよね、うまく云えませんけど……何故“百年の孤独”なのかも後半丁寧に描かれていって、ああそうか……というなんだかさびしいような感慨が湧き起こります。」

「それにしても終わり方にはびっくりした。」
「一瞬きょとんとしてしまいました。でも全部あの羊皮紙に書かれていたんだってあって『ああ』って。そうかあれにはそういうことが書かれていたのかって、こういうまとめかた好きなんですよね。」
「きれいだよね。」
「そうなんです。つまりこの終末が著者には最終目標としてずっと見えていたわけで、それでああいうふうに物語をわあって広げるだけ広げていって沸騰させるんだけども全部それって結局最初のほうに出てきてずっと解読し続けていたあの羊皮紙の内のことで、最後にはほんとに鮮やかにしゅうっと窄めてしまう。そのあっけなさというか潔さというか。凄いとしか云いようがありません。」
「書き方とか視点とかが見事なくらい揺るがないなあっていうのは読んでる途中に何度か感心したんだけどそもそもすごいクールに計算しつくされた物語だったってことだよな。」
「長い話で、たくさんのひとが出てきて、書かれている期間はまさに『百年』を越えていて本当に濃厚。圧縮されている、という感じです。」
「読めてよかった。ありがとうございました。」

翻訳小説 |HINOKIasunaro| 20080710
オールタイムベスト15
ランキングは後半になるほど便宜上色が強く、あまり意味がありません。
※絞込み条件
・1作家1作品
・少なくとも2度以上再読していること
・今現在手元に書籍があること

所持本の版を奥付から記入したため表記が不統一です。
先日念願のデジカメを購入し初めて撮ったのがこれらの本ということになりました。
小道具で小細工してみたり。




1☆『草枕』
夏目漱石
新潮文庫
平成3(1991)年9月25日 94刷
〈小説〉
☆あたまのさきからしっぽのさきまで「美くしい」。どこか世俗ばなれしたようなひとしか出てこなくてむしろ自然が主役にありそうな空気がとても好き。



2☆『家守綺譚』
梨木香歩
新潮社
2004年1月30日 初版
〈小説〉
☆家とか庭とか木とか池とか生きとし生けるものすべてが美しい調和のなかでうごめいているのをいとしく眺める。



3☆『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』
村上春樹
新潮文庫
(上)平成5(1993)年5月30日 15刷
(下)平成8(1996)年7月10日 20刷
〈小説〉
☆頭の中を冒険していくような。その世界にひたり続きをわくわくしながら呼吸を忘れて読むたびに面白くて大好き、と思う。

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オールタイムベスト |HINOKIasunaro| 20080705
カリブ海の秘密/復讐の女神
■アガサ・クリスティー
『カリブ海』は単独ではごくオーソドックスなミステリーに過ぎないが、続く『復習の女神』を読むとこれが一種の布石になっていたことに気付かされる。この2作は独立した別の事件を扱っているが、是非セットで読んでおきたい作品だ。
BBSでおすすめを受けて手に取ったのだが正直前者を読んでいるときは何故あえてこれをあげられたのか不思議だった。後者を読んで納得。こういうのをクリスティが書いていたのかとちょっと驚いてしまう変わった趣向の作品だったのだ。

カリブ海の秘密 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
アガサ クリスティー
早川書房
売り上げランキング: 189493

◆翻訳:永井淳
『カリブ海の秘密』はクリスティミステリーの王道中の王道ともいえる作品である。複数の夫婦・妙齢の男女が登場し、恋愛の矢印が役所届出とは違う方向を向いているカップルが含まれている。そこでうっかり口を滑らせてしまったがために起こる殺人。
まことに馴染み深い設定・すじがきで、そのため物語の序盤、登場人物が出揃った時点でだいたいどういう話なのかが想像でき、実際に被害者が出た瞬間に犯人とその動機まで予測できてしまう。彼女の小説の真価はフーダニットなぞにとどまらないと前回書いたのは嘘ではないが、できれば最後までわからないに越したことはないのでいささかがっかりしながらその後ろに続くアガサの巻き散らかした赤い鰊をそれでも丁寧に拾いながら進んでいった。

「カリブ海」というので碧い海、白い砂浜、太陽のきらめき、……といった舞台装置が活かされているのかと想像していたのだがそういう風景描写が驚くほど少なく、正直カリブ海である必然性は全然ない。要はマープルをいつもの人間関係の成り立つ村の環境に置かず、複数の旅行者が集まるそう規模の大きくないリゾート地に送り込めばそこが山だろうと湖だろうと成立する話。魅力的な登場人物もいるし微妙な人間関係の描き方はさすがの上手さだから面白くないわけではないが“女王”クリスティの作品としては凡作かもしれない。


復讐の女神 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
アガサ クリスティー
早川書房
売り上げランキング: 213795

◆翻訳:乾信一郎
『復習の女神』は『カリブ海』に登場し非常に個性的なキャラクターで魅了してくれたラフィール氏がマープルに依頼をする話。それは氏の生前に弁護士に託されたものでその死後に渡すように指示された文書によってであり、達成の暁には大金が贈与されることになっていた。引き受けるも断るも自由だが、氏は彼女の犯罪に対するカンと正義感を信じ「ネメシス」たらんことを望んでいるという。
だがその手紙には具体的な問題点や示唆はもちろんヒントすらも示されていなかった。
何が問題かもわからないこの謎をマープルは見つけ出し、依頼主の希望を叶えることができるだろうか?

富豪が探偵に依頼するが探偵が訪問するに間に合わず死んでしまうという事件はクリスティでもいくつかあったと思うがその場合探せばいいのは富豪を殺した犯人である。これはその種の話ではない。ラフィール氏は天寿を全うしたのであり、そこに問題は何もなかった。

いったいどこから手を付ければいいのか雲をつかむような話だがマープルはそれでもこの奇天烈な依頼を引き受ける。彼女がどのように行動し、その後物語がどう転がっていくかがこの小説の読みどころなのでこれ以上ここでいたずらに言葉を重ねて皆様の興を殺ぐのはやめておきたい。
ミステリーとしても小説としても風変わりな面白い逸品で、ラストも天晴れな楽しさ、絵的にもなかなかに美しいから映像でも観てみたい。
難をつけるとすれば『復讐の』は翻訳者の日本語の使い方が好みに合わなくてちと苦痛だった。


これらの話は3部構成を前提に書かれたそうだ。直球、変化球ときて第3作目にどのような策が練られていたのか非常に興味をそそられるところだがこればっかりはどうしようもない。今更、埋もれた原稿なんか出てこないだろうしなあ。

マープルものを読んでいるとこの辛辣で観察眼の鋭いおばあさんが洒落者で外国人のポアロと共演したらどうなっただろうかなどという妄想がわいてしまう。そういうパロディというのか贋作、出てないのかな。探せばありそうな気もするな。翻訳されているかはわからんけど……。

【私信】わんこさん、おすすめありがとうございました。好き勝手書かせていただきましたのでこの感想に対する異論反論がきっとおありかと……。
どきどきしながらお待ちしております(汗)。


翻訳ミステリー |HINOKIasunaro| 20080705
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桧あすなろ

  • HN: 桧あすなろ
  • 奈良在住



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